吉田拓郎INTERVIEWつま恋の朝、"これまでのオレ"は、死ぬんだ / '85.7シンプジャーナル
つま恋の朝、"これまでのオレ"は、死ぬんだ
トータル·アレンジャーに瀬尾一三を起用し、さ らにドラムとベースを全面的にコンピューターの打ち込みでレコーディングされたニューアルバム『俺が愛した馬鹿』を6月5日にリリースする吉田拓郎。 拓郎ファンのみならず、全国の音楽ファンを興奮の渦に巻き込んでいるイベントまで、もう秒読みとなった音楽界の孤高の巨人に、話題の新作のこと、そしてイベントについて、インタビュー!!
SJ まずカセットをいただいて、もちろんそれには作詞・曲とかは書いてないわけですね。で、事前に加藤(和彦)さんの作曲が2曲と、岡本(おさみ)さんの作詞が1曲あるってうかがってたんで、それはどれかなって考えながら聴かせていただいたんです。
拓郎 岡本っちゃんのなー、あいかわらずだよな、ホント(笑)。マイッタ(笑)。
SJ というのは?
拓郎 いやー、得意の字余り!(笑) 面白かった。無理を承知の岡本っちゃん! ハハ!
SJ なるほど(笑)。それと、加藤さんの曲なんですけど、B④の「男の交差点」は、すぐ見当が付いたんです。でも、Aⓛの「抱きたい」は、判らなかった。拓郎さんにピッタリはまってた。
拓郎 いや、こないだも加藤に会ってさ「うたいにくかったなあ」って言ったの。そしたら「そうお? 拓郎っぽく書いたんだよ」って言っていたけどね。やっぱり他人のメロディーってうたいにくいもんだな。『ぷらいべえと』以外では初めてだからさ。
SJ あ、そうですよね。で、加藤さんの作曲であることを知って、よく聴いてみると 「ナルホド、『あの素晴らしい愛をもう一度』みたいな・・・」
拓郎 ニュアンスがな。
SJ ええ。あの、瀬尾(一三)さんと、アルバムごと組もうというのは? アルバム全てをひとりのアレンジャーの方に担せるというのは随分久しぶりのことですが。
拓郎 今度は、最初から決めてた。奇しくもユイの田口(注:元・猫のメンバーで、現在原田真二他のディレクター)の結婚式で瀬尾ちゃんと会ってさ、あの地獄の結婚式で(笑)。 で、その後また飲んで話したりして、やろうと。で、瀬尾とは付き合い長いけどさ、スタジオでは一回も一緒にやったことないんだよな、これが。
SJ あ、そうですね。ライブ・レコーディングでは数々の名コンビ作品がありますけど。
拓郎 そう。ライヴでは『ライヴ'73』とか、つま恋や篠島でやってるけどね。だからっていうわけじゃないけど、一回、スタジオ・ア レンジで組もう、やろうや、と。それとオレが遅まきながらたまたまコンピューターとかに興味持って、で、「誰か打ち込みでできるヤツいねーか?」って話してたら、瀬尾ができ るっていうんで、じゃあピッタリだと。彼はすごい闘争心あるし(笑)。
SJ 打ち込みで、っていうのは、まず拓郎さんから?
拓郎 そう。今度のレコーディングで一番最初にあったことは、まず「バンドを取っ払う」っていうことだったんだ。で、取っ払った後、じゃあ誰とやるかっていう時に、最初のコミュニケーションからやり始めるのは面倒だし、コンピューターにしようって。
SJ 今までのレコーディングとは、まるで逆のアプローチ。相変わらず拓郎さんらしくて、思い切りがいい・・・極端というか(笑) 。
拓郎 うん(笑)、 まあ、コンピューターも、知らんよか知ってる方がいいだろうぐらいだけど。
SJ アルバムの前の、シングル(「ふざけんなよ」)のレコーディングの時も、かなり難行されてましたよね?
拓郎 うん。
SJ ラジオの取材(本誌5月号)でスタジオにうかがった時も電話で「やりなおし!」 とか言ってらしたんでーーーしかもシングルも打ち込みだと言うことをうかがってたんで、 あ、これは拓郎さんはやっぱりうたえないのではないか、と。人間が叩くドラムでないとって思って、みんなで「さすが拓郎さんだ」って話してたんですけど、そうではなく・・・。
拓郎 ハハハ! あん時はそういったものだけではなかった。ただ、コンピューターのリズムにのってうたい切れない歯がゆさっていうのは、今回のレコーディングの当初、かなりあったね。人間が叩こうが、コンピューターが打ち出そうが、音楽なわけだし、気持ちよければいいわけだから、その気持ちいい音になんでのってうたえないのかって、自分にね。だからあん時(スタジオに)来てくれるなって言ったわけ。
SJ ええ。
拓郎 ほんと、コンピューターが嫌とかでは全くなくて、自分に対して情けなかった。それと、不勉強さね。ああいうのでアメリカとかロンドンとかのヤツらは、平気で気持ちいい音楽作ってんだから、こりゃオレは相当遅れてるな、と。ま、そんなのほっといて自分だけの音楽やってリアゃいいんだけどさ、勉強しといて損はないからね。勉強だよ、今は勉強。シンガーとしての勉強。作曲したり詞を書いたり、アレンジしたりとかは自分のスタイルってあるけど、歌をうたうことに関しては、まだまだ足りない。もっと歌うまくなりたい。瀬尾からも言われたんだ、「あんた歌下手だね」って、ハッキリと(笑)。
SJ そうなんですか。
拓郎 ウン。ショックだったけど、嬉しかったな。
SJ そういえば「ふざけんなよ」もそうですけど、「風になりたい」を改めて聴いて、うたってみて、「こりゃ難しい歌だなあ」って。
拓郎 難しいねー。他人にうたわせといて(笑)、あの娘(川村ゆう子)よくうたったね。
SJ サビに行くまでが・・・。
拓郎 そう。間がもたない(笑)。でも、川村ゆう子のは、いいなあ、今頃(笑)。
SJ あの、レコーディングではドラムとベースはシンセの打ち込み、と。で、他の楽器の方たちも、ここ数年とはかなりメンバーが違ってますけど、それも瀬尾さんの。
拓郎 そう。まず、できるだけオレと瀬尾ちゃんのふたりだけでやろう、間に入る人数を少なくしよう、と。で、後は瀬尾ちゃんに担せたわけさ。そういうのあって今回、生まれて初めてミックス・ダウンも行かなかった。
SJ そうなんですか。僕ら周囲の人間の習性として、前作の『FOREVER YOUNG』は、その前のアルバムの作りと違って、かなり綿密なアレンジとスタジオ作業をして創った、と。で、今回は、そのラインをもっと発展さ せて・・・ (拓郎がニヤリと笑う) ・・・なんて考えがちですけど、拓郎さんの場合は違うんです よね。
拓郎 無いって、オレにラインなんて(笑)。 そうしたかったから。理由と言えばせいぜい一度バンドをレコーディングに関しては解散しようと。あと、每週オレのところにロスからFMのテープが届くんだけど、コンピューター使ってみんなうまいことやってんだよな オレにもできるんじゃないかと、相変わらず "遅ればせ"だけどさ(笑)、それだけよ。あとは勢い。あとはどう聴いてもらおうと、オラ知らね(笑)。
SJ (笑)えー、僕のベスト・フェイバリッ ト・テイクは「抱きたい」「俺が愛した馬鹿」「誕生日」・・・あと「風になりたい」も、やっぱり。
拓郎 マニアはみんなそうなんだ(笑)。こないだ(武田)鉄矢のマネージャーに会ったらさ、いきなり「セレクトしていいですか?」って、同じ曲言ったよ。で、ダブレコで置き換えて録ってやんの。しかも「この中の3曲は武田の持ち歌になるでしょう」だって(笑)。
SJ いかにも"らしい"(笑)。アルバムが出来たばっかりで・・・というか、この本が出る時にはまだ発売もされてないんですけど、今までのお話をうかがうと、今後はバンドでセーノ! のレコーディングではなく、誰かアレンジャーと組んでの作業が続きそうですね。
拓郎 うん、そういう意味でのラインは、有りだな(笑)。瀬尾とももう一回やりたいし、松任谷(正隆) ともしっかりやりたい。それと、すごい一緒にやりたい、と言うより、やんなきゃいけない男もいるし・・・・・最底あと3枚はアルバム出るな、ウン。
SJ それ、書いてもいいです?
拓郎 いいよ、全然(笑)。
SJ よかった(笑)。いや、イベントのニュースが新聞で出て以後、編集部の方に「拓郎さん、イベントやったらもう活動やめちゃうんじゃないか」っていう質問が沢山きてたから。
拓郎 やめさすなよ、勝手に(笑)。3枚は創る、絶対に。それも・・・何と言うかな、他人から動かされてやる・・・言葉は変だけどね、言ってる意味、判る?
SJ 判ります、なんとなく。
拓郎 だから言ってるのは、今度のつま恋で自分から動くイベントは終り、と。他人から来た話で、面白くて、何かできそうならやりたいよ、いくらでも。どこでも飛んで行く。
SJ 読者の中には、胸をなで下ろして、も一回なで上げてる人も多いと思います(笑)。
拓郎(笑)。
SJ あそうか、今は、その御自分から仕かけるイベントと、他人から請われてやるイベ ント (6月15日の国立競技場のイベント)が重なってるから・・・。
拓郎 メチャメチャなわけ。もー、クルクルパーだよ(笑)。他にもチョコチョコと酒の席で約束しちゃったやつがあってさ。ただ、そういうふうにオレを、ていうか、ミュージシャンをインスパイアしてくれるプロデューサーなり、アレンジャーって、いねーなあ。ホ ントいない。だからなんとなくいつまでも貧しいんだ。で、もっと言っちゃえば、そういう人間がいねーから、バンド・エイドやUSA for AFRICAみたいなスカッとしたイベントができないんだよ。今度の民放連(6月15 日のイベント)のだって、やっぱイマイチだ もんなあ・・・。 USA for AFRICAとか見てて思ったのはさ、やっぱなんつうの、フロンティア・スピリットっていうか、ゴールド・ラッシュなんだよな。黄金を掘りにいく、あの感じなんだ。でも日本はなんとなく株っていうかさ(笑)、そのあっけらかんとした感じとジメジメした暗さの差だよな。
SJ なるほど(笑)。でも今度の民放連のは、そういうところではかなり・・・、
拓郎 ウン、ま-な(笑)。でも、そういうアプローチとかさ、オマエらみたいな雑誌がもっと、なんつーの提唱してきゃあいいんだよ。
SJ ええ・・・、でもそれより拓郎さんがどんどん・・・、
拓郎 オラやんねえ(笑)。そういうのは一切。オレが何かやるとすぐ"女を犯した"とかそうこと言うヤツがいるから(笑)。ま、それは別にしてもさ。
もちろんこの日も、吉田拓郎は他にも様々なことを話し、そして、こちらの質問に応えてくれた。その中でも特に鮮明に胸に残っているのは、夏のイベントについて語ってくれた次のような言葉だ。
「今度のイベントが終ってその後の記事でさ、例えば"吉田拓郎、健在!"だとか"吉田拓郎の新しいナントカカントカ"なんていうのが出たら、オレは今度のイベントは失敗だと思ってる。悪意に満ちててもいいから、"吉田拓郎は終った" と、"ヤツは死んだ"と、書かれたいね。もう、今までのオレは、いいよ。」 そして、言葉を区切って、こう続けた。 「じゃなきゃ、前へ進めねえ。新しいことできねえよ」
背筋がゾクリ。 どんなイベントになるのか、どんな夜になるのか、どんな朝を迎えられるのか・・・。 全ての"予想"を廃して、真白な心で"その時”を迎えよう。そして、あるがままを体 に浴びよう、全てを胸で抱きしめよう。 それは決して、ひとり吉田拓郎のみだけでなく、そして、多くの拓郎ファンにとってのみのことではなく、日本の音楽の巨大な歴史の中の、巨大な"節目"である。願わくはその日、天が我々に心からの祝福の太陽をささ げてくれんことを・・・。
"俺たちが愛してやまないひとりの大馬鹿" と、彼に負けず大馬鹿の数万人の、もしかす ると"人生で一番長い日"は、もう、秒読みだ!
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