カテゴリー「残間里江子・加藤和彦 Interview」の記事

2009/03/09

残間里江子・加藤和彦 Interview

Katowillbe

残間里江子・加藤和彦 Interview (2009年)
 
【 ① 刺激的だった1970年代のロンドン 】
 
残間  最近、アルフィーの坂崎幸之助さんとのユニット「和幸」(かずこう)でライブやアルバムを発表していますね。ザ・フォーク・クルセーダースの再結成(2002年)ぐらいから、プロデューサーなどの仕事に加えて、バンド活動が活発です。 木村カエラさんを加えてのサディスティック・ミカ・バンドの再結成というのもありました。
加藤  「VITAMIN-Q」というのもあります(土屋昌巳氏、屋敷豪太氏、ANZA、小原礼氏と)。ミカバンドの再結成の流れで、趣味で好きなロックがやりたくなって。
残間  今も次々とアルバムを発表していますが、なかなかCDを売るのも厳しい世の中ですよね。
加藤  20代から下は、もうパッケージされたものというか、CDは買わないですね。ダウンロードするものであって、 "物"として捉えていない感じです。でもCDの売り上げは落ちても、その分、ダウンロードが増えているので、全体としてはあまり変わらないと思いますよ。
残間  CDを手に入れても、いったんデータとして取り込むと、処分しようとさえしますね。持っていたくないと思ってる節すらあります。
加藤  消費されていくものとして受け止められているんでしょうが、まあ、そういう時代なんだなと思ってます。
それにCDが売れないといっても、きちんと作れば40代から上は側においておきたいと、買ってくれますからね。
残間  ここ5~6年の活動でいうと、再結成が2つありましたね。
加藤  フォークルの方は北山(北山修氏/ザ・フォーク・クルセーダーズのオリジナルメンバー、現在は精神科医で精神分析学会会長)がやりたいと言ったのと、今の切り口でやれないかと思っていたら坂崎幸之助君が一緒にやってくれることになったので。ミカバンドもそうですけど、レトロ路線とか、懐メロだったらやってないですよ。
残間  大学時代に結成したザ・フォーク・クルセーダーズは、解散記念に自主製作した「帰って来たヨッパライ」がヒットして、1年限りということでプロデビューしたんですよね。
加藤  大学3年で、北山は医者になるし、 まわりも就職だというので、北山のお父さんからお金を借りて、解散記念として作りました。200枚ぐらい作ったのかな。それをラジオ局に「こんなの作りました」と持ってったら、
あれよあれよ、ということになりまして。それで解散する筈だったんですが、学生運動が激しい頃でキャンパスはロックアウトされていて、一年間授業を受けなくても単位をくれるということになったんですね。それで売れたことだし、これ幸いとプロとしてもう1年やったわけです。
残間  でもあれだけ売れたんですから、そのまま音楽でやっていこうという風にはならなかったんですか。
加藤  北山は音楽で身を立てる気はなかったですね。医者になるって決めてましたから。
残間  北山さんと加藤さんって、フォークルをやっていた時は、どんな関係だったんですか。
加藤  今と同じですよ。全然変わらない。彼がコンサバティブで、僕がリベラル。といっても北山のコンサバティブもかなり変なんだけど(笑)。アイボリー・タワーにあってもね。
残間  振り返ってみて、どんな大学時代でした。京都の学校ですよね。
加藤  龍谷大学です。同級生はお寺の息子たちばかりでね。インド哲学だとかの授業もありまして、今考えると、いい時代に大学生活を送れたなって思いますよ。
残間  北山さんは医師の道を選んだわけですが、加藤さんは自分の将来をどう考えていました?
加藤  小さい頃から会社勤めはしないだろうな、とは感じてましたね。父は普通の勤め人でしたが、祖父が仏師だったんです。 たまに手伝ったりすると、何かひとつのものを 作り上げていくのは面白いと思いましたよ。
残間  音楽を始めるきっかけは高校の時に聞いたボブ・ディランと聞いていますが。
加藤  ボブ・ディランそのものと言うより、背後にあるボヘミアン的なものに魅かれたんだと思います。だから吉田拓郎がボブ・ディランを聞いて音楽にのめり込んだのとは、ちょっと違うと思います。
残間  確かにその後の加藤さんの音楽とはちょっとイメージが違いますね。
加藤  中村とうようさんの番組だったかな、ラジオでボブ・ディランを聞いたらレコードが欲しくなったんですが、国内盤がなかったんです。それで銀座のヤマハに注文しました。当時は航空便がなくて、船便で三ヶ月くらいかかって取り寄せてくれたんですよ。それで入荷の連絡を受けて取りに行ったら、何かの間違いでボブ・ディランのソングブックも一緒に届いてたんです。ギターのコードがついていて。じゃあせっかくだから、それももらおうということになって ギターを弾き出したわけです。
残間  フォークルの解散後はどんなことをしていたんですか。
北山さんと違って、当然ミュージシャンになろうと思ったわけですよね。
加藤  でもフォークルが売れたのなんてフロックだと思ってましたからね。まずは外国に行くことにしました。幸い、「帰って来たヨッパライ」の印税で小銭もありましたし(笑)。まずアメリカに三ヶ月、当時は大ヒッピー時代でしたね。それからヨーロッパ。ロンドン、パリ、ローマと行きましたが、ロンドンが一番面白かったです。日本と行ったり来たりしながら、一年の三分の一ぐらいはロンドンで過してたと思います。1970年代で、グラムロックが全盛でした。こんな音楽がやりたいなあって、思いました。
残間  それがサディスティック・ミカ・バンドにつながっていくんですね。でも日本の観光旅行が自由化されたのは東京オリンピックがあった1964年ですから、それからわずか6~7年の時期ですけど、単身で外国に行くのは不安はなかったですか?
加藤  いや、全然。僕は今でもそうだけど、ロンドンにいる方が精神衛生上はいいくらいです。
残間  でもあの頃のロンドンなんて、日本人はほとんど住んでなかったでしょう?
加藤  結構いましたよ。吉田カバンの吉田君とかは、ロンドンでの遊び仲間でした。彼はドイツからロンドンに流れてきて、二年ぐらい住んでたのかな。何もせずにね。
残間  反パック旅行の走りですね。加藤さんって、やっぱり先取りしてますよね。
 
【 ② 簡単に手に入ることの危うさ 】
 
残間   私たちって、「家事をする男性ってカッコイイ」と言い始め最初の世代だと思うんですよ。ハウスハズバンドなんて言葉も出てきて。ところが日本の男がやると、なんとなく女房の尻に敷かれてるショボクレた感じがしたんですが、加藤さんはその辺は板についてましたよね。雑誌のグラビアでお料理を振るまっている様子を見たことがありますが、日本の男として新鮮な印象がありましたもの。
加藤   料理は元から好きでね、20代の頃は仲間たちとプロのシェフにお願いして、月に一回くらいフランス料理を習ってたんですよ。かなり本気なやつを。だからフランス語もちょっとだけ喋れるんです。
残間   へえー。それは店をやるとか、何か目的があってのことじゃないのに?
加藤   純粋に興味です。 そもそもは、どうしてプロと素人では味が違うのか?ってところからでした。仲間うちで一番熱心だったのは景山民夫だったかな。だからまあ、一通りのものは作れますよ。今も友人は音楽系より料理系の方が多いくらい。
残間   今日もたいへんお洒落ですけど、ファッションもリーダー的な存在でしたね。男の料理といい、私には今までにないタイプの男性として映ってました。
加藤  料理もファッションも全部同じなんですよ。僕としてはどれが欠けても納得できない。ただ、僕をそういう世界のイメージリーダーにしたのは、当時ポパイやブルータスといったざ雑誌が出てきて、何かそういう存在が必要だったんだと思うんです。僕はそこに無理矢理押し込められただけでね。
残間  さっきプロのシェフに習ったとおっしゃいましたけど、そういう好奇心と行動力がすごいですよね。
加藤  当時はそうするしかなかったんですよ。今ならお金さえあれば、コルドンブルーとか入れますけど。そういえば、今の時代って何でも簡単に手に入るんですよね。そこは若者にとっては不幸かもしれない。例えば、明日、エッフェル塔を見に行きたいと思えば、飛行機をすぐ予約して見に行けちゃう。ウェブでグーグルアースとかで、すぐに見ることもできる。ところが明治時代はどうだったかというと、船で日本を出て、スエズ運河がないからヨーロッパに着くだけで半年はかかった。それで、どれも同じ「エッフェル塔を見る」という行為なんだけど、ひとつひとつ違うんですよ。あるいはロブションは東京にもあって、
ほぼパリと同じ味だと思います。でもパリで食べるロブションとは違うんです。この簡単に手に入らないところで教わる部分って大きいと思います。過程の中で、ひとつひとつの「しきたり」がわかってくるんですよ。それも恥をかきながらね。
残間  そうやって大人になっていくのが正しいのかもしれませんね。加藤さんは外国によくいらっしゃるから、日本人にありがちがな、そういうところを端折ることへの嫌悪感とか感じてるんじゃないですか。
加藤  まあ、変な人はいっぱいいるからね(笑)。エルメスの本店でバーキンを買ってきたら本物じゃないですか。店に通訳はいますが、日本語で欲しいと言っても売らないからね。
日本語で通訳の人に「バーキン欲しいんですが、ありますか」というと、店員に取り次いではくれます。でも「ノン」の一言で終わり。 ないって言われる。でもフランス語で直接店員に言うと、ちゃんとバックヤードから持ってきてくれる。ただし、それは差別じゃなくて客の側にバーキンなりエルメスなりにリスペクトがないからなんです。昔はヴィトンもそうだったんですよ。だんだんなくなりつつあるんですけど、そういうところが文化を支えていると思いますね。
残間  外国といえば、私が外国旅行に行くとき、亡くなった奥様の安井かずみさんに言われたことを覚えています。「旅だからといってファッションを端折っちゃだめよ。必ずディナーに来ていくドレスの一枚は持っていくのよ。それと、旅先だからってシルクがあるのに
ポリエステルでいいやなんて手を抜いちゃだめ。好きな服は全部持っていくのよ」「最初にホテルの部屋に通されて気に入らなかったら、チェンジするのよ。日本人はまあいいかって、すぐ我慢しちゃうからだめなの」って。
加藤  ホテルからは一番多くのことを教わりましたね。部屋のチェンジはロンドンやパリなら特にそう。エジプトならピラミッドを見るとかあるだろうけど、ロンドンやパリは観光ではなくて滞在することに意味がある。そうするとホテルは自分の家ですからね。家にいるわけだから、服も好きなものを着ていたいです。
残間  ホテルを自宅のように寛ぎの空間にする一方で、安井さんと自宅で夕食をとる時に
ちゃんとネクタイを締めていたりしましたよね。そういうお洒落心が素敵だなと思っていました。

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【 ③ 与えられるんじやなくて、自分でたどりつきたい 】
残間  年齢のことって、意識することあります?
加藤  物理年齢は62歳だし、まあフィジカルには衰えてるんだけど、そんなに意識したりはしませんね。70歳になると、また違うのかもしれませんが。そういえば「ベンジャミン・バトン」っていう映画見ました?
残間  だんだん若返っていく人の話ですよね。
加藤  男の方は80歳からどんどん若返っていく。相手の女性は普通に年をとっていく。それである時点で交差するわけだけど、若くなれば幸せか? っていう投げ掛けがありましたね。なんの解決もない話なんだけど、哲学が含まれてました。スコット・フィッツジェラルドの短編がもとになっているんですが、「ギャツビー」は映画ではあんな描かれ方をしましたが、あれも「富」というのものの価値に疑問を投げかけてましたよね。確かに「若さ」が持つ可能性やいいところはあります。「若さ」と「老い」は相反する言葉ではないけど、何となく世の中では「若さ」の方が良しとされてるところがあります。僕自身で言えば、3年前、5年前、10年前より、今の方が面白いんですけどね。負け惜しみじゃなくて(笑)。
残間  日本だと「若さ」と「新しさ」がセットになっているみたいで、どうも若さを中心に動いてくところがあるんですよ。
加藤  よく「大人の行く場所がない」って言うけど、それは僕らが二十歳ぐらいの頃からそうなんですよ。ヨーロッパなんかは、ホテルでもレストランでも、完全に大人が牛耳ってますよね。やっぱりそういう場所を作らなきゃ。僕はそれを音楽の世界でやってきたつもりなんですが。それで一方で僕ら団塊の世代は数が多いもんだから、最近はそれ目当てのあざとい商売が、たくさん出て来てるでしょ。雑誌とかもね。
残間  そういうプロジェクトの中心になっているのは、40代半ばぐらいの人なのでが、「還暦」なんて聞くとものすごい年長者をイメージするみたいで、ミスマッチなことが多いです。加藤さんほどではないですが、団塊世代は若い頃からいろんな流行を取り入れてきましたからね。どうも昨今の団塊ターゲットの商品は、「この辺りがお好きなんでしょ」みたいな一方的な思い込みが伝わってきます。
加藤  僕らは元来、勧められると嫌がるところがあるんです。この世代のアマノジャクをわかってない。ポンっと放っておかれたところに、自分でたどり着きたいんですよ。まあ、結果的には十把ひとからげになるんだけど(笑)。
残間  あるいは加藤さんのような、自分が感性を信頼している人がふっと漏らす「最近こういうのが面白いんだよ」という一言とかですね。そこに食いつきます。面倒くさい世代なんですが、そこのところが大事ですよね、我々は。
④ 【 「おひとり様」の基本は、一人でご飯が食べられること 】
残間  年齢のことよりも、私は最近は「おひとり様」になることを考えてしまいますね。子供も成人で、ほどなく出て行きますし、これからどう過そうかと少々思い悩んでいます。加藤さんはいかがですか。「おひとり様」については。
加藤  でも人間は最初から一人ですからね。基本は、気持ちよく一人でご飯をたべられるかだと思いますよ。外でも家の中でもね。
残間  確かにそうなんですが、 私、一人ご飯って苦手なんですよ。何かコツあります?
加藤  外で一人で食べる時は、店を選ぶ必要があります。一人でいても、話しかけて欲しくない時ってありますよね。逆の場合もあります。そこのところの雰囲気をちゃんと分かってくれる店がいいんです。僕が一人で行くレストランはみんなそう。僕が話しかけて欲しくないオーラを発している時は、放っておいて絶対こっちに来ませんから。バーなんかもそういう店がいいですよ。僕は家の近所のバーで、まだ空いている5時くらいから2杯飲んで帰ってくるのが好きです。ただ、男はハードボイルドというかストイックなところがあるからいいけど、女の人は大変かもしれない。
残間  バーで女性が一人で飲むのは難しいですよ。どうやっても人待ちか、怪しい感じになります。
加藤  そういえば僕も、バーで一人で飲んで様になる女性って知らないですね。女性が可愛らしく一人でいられる場所を、見つけなきゃいけないんだな。寿司屋なんかそうかもしれない。
残間  パリではよく見かけますよね。高齢の女性が、何気ない普通のレストランで
食事しているのって。それがすごく様になっている。どうして日本だとうまくいかないのかしら。
加藤  パリはそう。足下に犬がいてね。
 
以下 略
 

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