1億2000万人「明日、手錠の時代」吉田拓郎×久保利英明弁護士
事実に反する記事
讀賣新聞朝刊 1973.5.24(木)
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事実に反する記事
讀賣新聞夕刊 1973.5.24(木)
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讀賣新聞朝刊 1973.6.3(日)
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■1億2000万人「明日、手錠の時代」吉田拓郎×久保利英明弁護士
本誌 きょうはお二人に単に”アーチストの人 権“とかいうことでなく、すべての人に関わり のあるプライバシーの問題とか、あるいはマスコミの報道のあり方などを中心に、ごくザックバランに話し合っていただきたいと思います。 久保利さんは例の金沢事件で吉田拓郎の弁護士として仕事に取り組まれたわけですが、あの事件は、いろんな意味で本日話し合っていただ こうとしている問題を含んでいたし、日本の現状を象徴していたように思うのですが……。
吉田 あの事件までは弁護士とは全然縁がなかったし,話したこともなかった。だいち弁護士 というのがどういう職業かも知らんかったのだけど、あそこへ入ってとにかくすごくこわかったんだよね。
久保利 警察というか、権力というものはこわいものだと思ったでしょう。
吉田 思いましたね。いきなり逮捕され、手錠なんかかけられ引きずり回されてね。あんなに 簡単に逮捕なんかしていいものなんなのだろうか。それから留置場というところ、これがまたこわい。
久保利 ふつうのこわさとは違った意味でね。
吉田 そうなんですよ。すごい孤独感。接見禁止で誰にも会えない。唯一何ができるかっていうと弁護士に会うことなんだね。窓越しに。それがとっても1日の楽しみなんですよ。それから取調べが楽しみになってくるんだよね(笑)。だが実はここがこわいんだなあ。取調べが終われば保釈で外へ出られるから、やりもせんことでもやったって言ってしまいたい気になる。よくいろんな事件で、被告が公判の席で自供をひるがえすってことがあ るでしよう。警察でおどかされたとかいって。ああいうことは実際にあると思うね。ぼくだって久保利さんが来て「そんな弱気を出しちゃダメだ」と力づけてくれなかったら、あぶなかった…(笑)
久保利 弁護士の立場からいうと、被疑者に完全に黙秘しろと指示するのは非常にむずかしいんだよ。だから「もしやりもしないことを自供 したら弁護士なんかしてやらないぞ」っておど かすわけだ(笑)
吉田 そういう点でも"教訓的“だった(笑)
久保利 だが、あの事件を教訓にして、自分の生き方を変えるなんてことは、この人は決して していないんだな。普通の人間だったら、やっ ぱりアレを教訓にして神妙になるだろうね。
吉田 まるでぼくは普通じゃないみたい (笑)
久保利 教訓にする方法を知っていながら、あえて教訓にしてたまるかって頑張ってるんじゃないかなって感じがする。そこが拓郎の拓郎たるゆえんだろうけどね。 吉田 それはどうだか知らないけど、とにかくあの事件で学んだことはいろいろあったね。まず警察はああも簡単に人を逮捕してもいいのか ということ。それとマスコミが警察の発表をうのみにしすぎること。ぼくの場合だと婦女暴行。 すごく安易だと思う。しかも書いたら書きっぱ なし。無実だとわかっても、事後処理は何もしてくれない。
久保利 いわゆるペンの暴力ね。
吉田 そうなると、ぼくらのように多少なりと も世間に名の知れた人間ばかりでなく、普通の人も警察の権力やマスコミに対して、ある種のガードをしなきゃならないし、弁護士というものがどうしても必要になる。自分の身を守るためにね。でないと、逮捕だけを待っていること になるし、マスコミの暴力とも戦えない。自分 では自分を弁護できない場合って、絶対にあるからね。
久保利 事件が起こってから弁護士のところへ 駆けこむというのではなく、ふだんから相談相手というか、ブレーンとして弁護士と親しくし ておくということがある程度必要だろうね。 。
吉田 そうだな。女の子の肩に手をかけるとき は、まず久保利さんに「大丈夫ですか?」ときいてからにする(笑)「そのへんならまだいい よ」という返事もらってから、さわったり(笑)
久保利 それは冗談として、いまの日本は危険 がいっぱいの時代だと思うんだよ。警察権力がくまなく行き届いているから、ちょっと何かあると、いや何もなくたって、誰かれなしにバカバカッとやる時代だし......。
吉田 この雑誌よんでる人だっていつ手錠か られないともかぎらない。
久保利 そうなんだ。しかもほとんどの場合、常習犯でないかぎり、突然捕まる。
吉田 久保利さんにゴマするわけじゃないけど、そういう時、頼みの綱は弁護士さんだけだもんね。ぼくはあの事件の前までは、警察なんてものは全然こわくないと思ってた。ところが、ほんとに捕まって 留置場へほおりこまれてみないと、その無言の圧力やおそろしさはわからない
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本誌 金沢事件は結局不起訴になったわけですが 一般の人の感覚では、不起訴というのは無罪と違って何かもやもやしたニュアンスがあって、やっぱり 何かあったんじゃないかという感じが残ったように思うのですけど……。
吉田 たしかにあるんだな。それが…。裁判で無罪となったほうが、本当にシロみたいな……。
久保利 だけど不起訴というのは、裁判するまでもなく無罪だということだから……。
吉田 それが一般の人にはわかりにくい。新聞に不起訴って書かれるより、無罪と書かれたほうが、身の潔白が証明されたようなイメージがあるんだな。 不起訴の不という字が、不真面目とか不良の"不 という字と同じせいかもしれないけど(笑)
久保利 でも刑事やお巡りさんにはちゃんとわかっているから、拓郎が不起訴ときまったとたん、サインなんかもらいに来てたじゃないの (笑)要するに天候でいえば、不起訴は最初から晴れ、無罪は雲りのち晴れということなんだよ。
吉田 あれで裁判までいっちゃったらサインはないと・・・。
久保利 そこで今度は社会部記者だとか芸能記 者は、釈放した時にサインくれというのは不謹 慎だと思うわけよね。
吉田 それから非常に恐ろしいと思ったのは、 検察官を見ていると、自分の立場を守るために確定的にシロって段階でも、自分の立場があるって発言をするんだよね。これだけ騒がしといてナンちゅうことだってワケよ。
久保利 検察官なり警察の立場っていうのがよ り強くなっているからね。君の場合だって1日 11日でわかってたんだから、あんなに頑張ることないのに、叩けば何か出てくるんじゃないかと… (笑)
吉田 二日か三日目まではキツかったけど、あ とはロクなこときかなかったんだ…。
久保利 メンツっていうか、捕まえた時は知ら なくて、捕まえてみたら意外と人気のあるアー チストだとわかって…。
吉田 言ってましたよ。あんたのためにジェッ ト機が飛んだんだってね。大変なことなんだな って… (笑)
久保利 だから弁護団がジェット機で小松まで 飛んで来たなんて話になると、ギョギョッてな感じになるんでしょ。そんなえらい人だったのかって(笑) ところがマスコミ側ではこういった事実に基づかず、警察発表をウのみにして こちらの言い分はほとんど何もきかない。特に女性週刊誌はひどかった。あの時、いろんな記事を収集して回ったんだけど、あの女の子がかわいそうだという立場に最初から立って、読者の 同情心をあおりたてるようなことばかりワアワ ア書きたてていた。
吉田 ぼくのことにかぎらず、ああいうのは許されるんですかね、法律的に…。
久保利 基本的には法律的にも、道徳的にも許されないんだけど、日本の場合、書くほうばかりでなく、書かれるほうも遅れているからね。
吉田 しかも日本人は活字に弱いときてる。も し、書かれたのがテメエのことだったらどうするんだと言いたい。手錠の問題と同じでさ。他人のことだから面白がって見ているけど……。
久保利 日本人というのは、そういう点で非常 に操作しやすいんだな。拓郎の歌にあるけど、見出し人間がヒラヒラみたいな感じで、新聞や週刊誌の見出し一行読んだだけで「オッ、あいつやったな」と簡単に信じてしまう。それをさらに増幅するような記事をマスコミは書きたてる。そうなれば、もうマスコミなんてものじゃないよね。
吉田 例えば学生と機動隊の衝突現場を見ていると、機動隊のやり方はひどすぎると学生に同情するくせに、活字になった警察の発表を読むと、やっぱり警察のほうが正しいみたいなことになっちゃう。
久保利 自分で見たことよりも活字で書いてあるもののほうを信じる。活字の魔力なのかな。
吉田 それだけに、マスコミはもう少し何が真実かを見きわめた上で記事を書いてほしい。特に、斬り捨てご免みたいなことはやめてもらいたい。いくら事実はそうじゃないといっても、 決して反論はのせてくれないんだな。それどころか、ぼくなんかが記事にクレームつけると、 「あんた、ウチのような大出版社に文句をいうんですか?」(笑) そうかと思うと「わが社には謝罪広告を出す規定がありませんので……」 なんていう例もある(笑)
久保利 フランスには勝手に何か書かれた場合は反発権があって、その記事に対して同じ分量で反論できる権利が法律で認められてるんですね。アメリカでも最近アクセス権といって、マスメディアにアプローチしていく権利が認められてきている。先進国では日本だけなんだな。そう いう権利も何もなくて、謝罪広告二、三行ですまされちゃうというのは……。
吉田 ぼくらもそういう問題を、根本的に考えていかなくちゃならない時期に来てるわけなんだな。
久保利 アーチストとか芸能人というのは、強そうに見えて実は非常に弱い存在なんだな。だから、まずユニオンを作って、これまでみたいないい加減な報道は絶対に許さないというようにしないと……。 それをしないと、いまに芸能人はみんなスッ裸にされ、見せ物にされてしまうよ。
吉田 しかし現在何も問題のない連中は、ユニオン作るといったってノラんだろうね。なかなか・・・・。
久保利 ところが、いつ突然火の粉がふりかかってくるかわからん。さっきの手錠の話じゃないけど、絶対安全なんてありえないんだからね。
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吉田 ぼくら例えば、週刊誌の記者に尾行されたり張り込まれたり、うっかり電話に出て一言二言しゃべったらそれが十倍くらいに引き伸ばされてインタ ビュー記事になったり、というようなことは年中あるわけですよ。こういうのは法律的にはどうなんで しよ うね?
久保利 権利としてはプライバシーに属するんだろうが、ただイヤだというのに無理やり家の中へ入っ てきて写真とったりすれば、当然刑事事件になる。 だけど、どうしてそうまでもして人のプライバ ン うねえ。だけど、どうしてそうまでもdて人のプライバシーを侵すようなことをする必要があるんだろうねえ。
吉田 やはり読みたがる人がいるからだろう。
久保利 しかし、そういう記事をのせてくれという要求が、出版社に殺倒してるとも思えない んだけどね。(笑)
吉田 日本人にはノゾキ趣味があるんですよ。 隣りは何をする人ぞ、という伝統が… (笑)
久保利 それにしても、戦後三十年以上たってるんだよ。戦争を知らない人間が、日本の人口 の何十%かを占めてるんだよ。
吉田 そうだな。やっぱりそろそろ変えないと いけないな。いつまでもオヤジやオフクロから 与えられたイメージで物事を把握してちゃ。例 えば警察はいつでも正義の味方だとか、政治家は偉いんだとか、田中さんは悪かったけど三木さんはいいみたいにいわれると、本当にそうかと思うようなところがあるんだな。ぼくなんかにも・・・・。
久保利 何か言われたり、書かれたりするのを待っていてはダメなんだ。ペンの暴力に対して も国家権力に対しても,こちらからカウンターアタックをかけるぐらいの気持ちがないと。
本誌 その点、拓郎の場合ある程度は実践してるんじゃないですか。離婚問題にしても週刊誌にいい加減なこと書かれる前に、自らラジオを通し、自分の言葉で本当のことを喋ったりしている。ああいうやり方もやっぱりカウンター アタックといえるのでは…。
久保利 拓郎の場合、ああいうメディアを持ち得たということは, 一つの幸せだと思うね。も っとも拓郎以外にもそういうメディアを持ってる人はたくさんいる。でもそれを使おうとしない。それを十分に使ったというのはやはり先駆 的だね。この『フォーライフ』という雑誌も、せっかく出すからには,そういう意味でのカウンター・メディアになって斬られっぱなしにはされないぞ、斬られたら斬り返してやるというメディアになってほしいね。同時に,斬られっばなしで泣いている多くの人達にとっての救い のメディアにもなってもらいたい。
吉田 確かにそういう雑誌が必要な時期だ。さっきぼくは恵まれている。幸せだというふうに いわれたけど、それでも離婚問題に関しては女性週刊誌にはいろいろやられた。
久保利 佳子さんのお父さんの名前で発表された手記ね。あれはひどかった。実際の手記なんかじゃなく、インタビューを勝手にアレンジしてのっけて、当然のことと思っている。週刊誌の思い上がりとしかいいようがない。
吉田 ヤクザじゃないけど、シロウトさんに迷惑をかけすぎる。金沢事件のときもそうだし、 今度の離婚問題にしたって、佳子の実家の人間 とか、実家を含む親戚関係の人みんなを巻きこんでいる。 彼らにそんな権利があるのかといいたいね。あんまりハラがたつんで、女性週刊誌の記者にきいてやったんだ。「あんた、プライ ド持ってるのか」と。そしたら「持ってますよ」 というんだな(笑) 本当にプライド持ってたら、いい加減な記事なんか書けるわけがない。 ハッキリいって、持っているのは変なサド趣味 だけなんだな。イヤなことやってるって気持ちは持っていると思うんだ。それから脱け出るんじゃなくて、しょせんこんなことやってるんだ から、とことんイヤな奴は叩いちゃえみたいな 。そういうことで食っていける時代でしょ 本当に恐しいよね。 久保利そういう人間と、それを平気でのせる 編集部があるわけだからね。正常な感覚がマヒ しているというか、欠落している。まったく困ったことだ。
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久保利 ではどうしてマヒしてしまったかというと その裏には芸能誌と芸能界というかプロダクションとの癒着という問題がある。新人とか、落ち目になったタレントが、自分のほうからスキャンダラスな話題を作り上げて売り込むなんて例もあるし、そう いう人たちは何を書かれようと、何にも書かれない よりマシだという考えだからね。そうしたことが慣 習化すると、書く側は芸能人のことなんか何を書いたっていいんだと思うようになる。
吉田 だけど、そういうバーター形式で何らかの名声や地位、地位なんてないけど、それを得たとしても、そいつは結局あとで身動きとれなくなってしまうんだな。何もかもつかまれてるから。それに日本の場合、プロダクションに横暴な部分や陰湿な面が あるし、タレントもミーハーが ほとんどだから、22~23になってやっと自分というものに気がついた時は、がんじがらめになってしまっている。
久保利 日本で大人のスターが育たない原因は、そ のへんにもあるんだな。
吉田 日本の芸能界ってところは、何だか知らないけどカッコよくないんだな。ウジウジしていて・・・・。結婚や離婚にしても、恋愛にしても。だから週刊誌のほうは、昔の女性関係を洗ってみたり、裏ばかり 嗅ぎまわって、揚句の果ては衝撃の告白だろ。,読んでみると、衝撃でもなんでもないのに・・・・(笑)
久保利 マスコミ側に、取材してやるという意識があるみたいだね。取材はさせていただくも ので、喜んで応じる奴もいれば、イヤだという 奴もいるはず。ところが取材を拒否するタレン トはまずいない。自分に不利な場合ならともか く・・・。でも有利だろうが不利だろうが、マスコミ嫌いみたいな、そういう形の拒否の仕方は少ない。その点でも拓郎は先駆的なアーチストだ。 (笑)そういうことがわかってないから、マスコミは従来のバーターで育ったタレントと拓郎のようなアーチストを混同してしまうんだね。
吉田 それに関しては面白い話がある。ロンドンに行った時のことだけど、空港に着くと日本の週刊誌の取材班が待っていてね。冗談じゃない、遊びに来たんだから取材は断わると言った ら、これがロンドンの慣例だといって怒るんだよね。むこうは・・・・・(笑)
久保利 そういう慣例はあくまで拒否すれば拒否できるけど、本人の承諾も得ないで、誰かからちょっと聞いた話を元にデッチあげた記事を衝撃の手記として発表するなんてことは、慣例だからといって許される問題ではない。その上そういった類の記事が出ている週刊誌が何冊もあって、何十万部も売れ、何百万人もの人間が読んでいるというのは少々異常じゃないかね。
吉田 作る側にも問題があるけど、買う側にも確かに問題がある。
久保利 テレビにもふえてるね。その種のノゾ キ趣味の番組が…。それも最近は芸能ゴシップばかりでなく、犯罪の陰に女ありみたいな話で、 ごく普通の人のウラを探り出し、実はこういう 男だとか女だとか暴露してみせたりしている。
吉田 こわいことだな。
久保利 そう、こわいことだ。単に一人のアー チストの問題とかいったものじゃない。マスメ ディアがみんなそういう方向へ行っちゃつて 肝心の田中金脈やロッキード問題などはワアワ ア騒ぐだけで、自分の目と足で真実を究明しよ うとはしない。
吉田 女性週刊誌の記者が全部、せめて一週間だけでもロッキード問題に取り組んでくれたらね(笑)ところがロッキード全然興味ないっていうんだな彼らは・・・。戦争がおこったらどうするんだっていうんだ。人のウラを興信所みたいに探ってさ。いちばんに死刑だ(笑)
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本誌 話は変わりますが、いわゆる差別語の問題について話し合っていただきたいのですが。
久保利 いわゆる差別語を使わずに、表現ができるんだろうか? 歌の詞にしても…。
吉田 できっこないでしょ。そんなきれいごとだけではモノなんか書けない。理髪店でなく、 床屋じゃなくちゃいけない歌があるし、百姓じゃなきゃいけない歌があるわけ。
久保利 農業従事者じゃ歌にならんよね。
吉田 農業従事者のほうがいやらしいよ。百姓のほうがきれいなんだ。日本語として・・・・・。
久保利 差別がいかんのと、差別語がいかんの とは別の問題なのだからね。
吉田 特に芸の世界ではどうしても必要な場合 もあるんだな。漫才なんかでは、百姓なんて楽 しいイメージがあって、そこに明るい笑いが生まれる。その笑いは差別なんかじゃないんだ。 だって日本の芸能だし、文化だよね。そういったものをぶち壊そうとしているんだよ。マスコミがそう いう力に迎合している。すごく不愉快だね。
久保利 筒井康隆が書いてたけど、差別語を使うと編集者が勝手に変えちゃうんだってね。女中と書く とお手伝いさんというふうに。これは大変な問題だよね。そんなこというんなら,日本の民法なんて差別語の羅列だよ。例えば聾者、啞者、盲者は準禁治産者にできるという条文がある。これはオシやつんぼは法律的な能力が完全にないというわけ。つまり オシやつんぼは差別すべしということなんだな。そういう条文があるのに、オシとかつんぼとか言っち ゃいかんといってもはじまらんよ。
吉田 こんなことしてたら、いまに日本語の文化なんてなくなってしまう。女中とお手伝いさんでは イメージの展開の仕方が違う。それが日本語のよさなんだからね。
久保利 拓郎には放送禁止歌はないの?
吉田 問題になったのは『ペニーレインでバーボン』の中の”つんぼさじき“という言葉。つんぽというのがひっかかったわけですよ。
久保利 ”つんぼさじき“という言葉から、つんぼ をとっちゃって、さじきだけ残ったって何の意味もなさないもんね。
吉田 いまに一階席、二階席も差別語になるんじゃないかな、棧敷に対して(笑) 芽ばえようとして いる日本の文化をぶち壊そうというつもりじゃないのかね。そんな権利は誰にもないはずだ。そういう連中に国語辞典を作らせてみたらいいんだ(笑)
久保利 作れっこないよ。
吉田 ただ、そういう一種の言論弾圧に対して戦う ことは必要だけど、だからといって放送禁止歌にされたことを、何か勲章でももらったみたいに思うのは間違いだ。少くとも前向きじゃない。
久保利 こうした表現の自由の問題ひとつを考えても、この際やっぱりアーチスト・ユニオンを作らなくちゃいけない時代じゃないかな。そうでないと創作の場がなくなってしまう。差別語問題ひとつにしたって、ある日突然、拓郎の歌が槍玉にあがるということだってあるからね。やはり権利のための闘争をして、自分自身の発表の場を確保するための努力をしないと…。
吉田 すべて、今がよければいいって感覚じゃダメなんだな。とりあえず今日、幸せな人だからいいやなんて思ってると、明日は手錠ってことがあるわけだもんね(笑) ぼくたちだけじ ゃなく、普通の人たちも考えなくちゃいけないことなんだよな。明日手錠ってことは……。明 日とつぜん戦争が起きたら、戦場に行かされて しまう。そうしたことに対する自己防衛をして おかないと・・・・・。
久保利 最近の若者たち、ことに芸能界の人間には危機意識がなさすぎるんじゃないかな。アーチスト馬鹿みたいな形で、いい曲作ってそれでおしまいみたいな危険性がある。たかが芸能界の中でも自由が守れないようじゃ、言論のもっと大きなところで自由なんか守れっこない。 本当に今や、明日手錠の時代なんだからね。
吉田 『明日手錠が』って歌、作ろうかなあ・・・(笑)
久保利 『みんな檻の中』というのを作ろうって言ってたじゃない。金沢事件で出てきたすぐ あとの記者会見で……。
吉田 あの時は半分冗談だったけど、 いまが明日手錠の時代だというのは、なにかこう実感と してせまってくるものがあるんだな。その時はまたよろしくお願いします(笑)
本誌 本日はどうも長時間ありがとうございま した。雑誌『フォーライフ』も明日手錠の時代 におけるカウンター・メディアとしても頑張っ ていきたいと思います。
(For Life創刊春号)
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