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2020/01/17

中島みゆきは進化し続ける「天才」 プロデューサー瀬尾一三が語る

中島みゆきは進化し続ける「天才」 プロデューサー瀬尾一三が語る

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音楽評論家・田家秀樹がDJを務め、FM COCOLOにて毎週月曜日21時より1時間に渡り放送されているラジオ番組「J-POP LEGEND FORUM」。

日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2020年1月の特集は、「瀬尾一三2020」。去年、音楽活動50周年を迎えた70年代以降の日本の新しい音楽のプロデューサー、アレンジャーの先駆けである彼の作品集の全曲紹介と中島みゆき43枚目のアルバム『CONTRALTO』を特集していく。2週目の今回は、前回に続き、中島みゆきのアルバムをピックアップ。

田家秀樹(以下、田家):こんばんは、FM COCOLO『J-POP LEGEND FORUM』案内人、田家秀樹です。今流れているのは中島みゆきさんの「観音(かんのん)橋(ばし) (TV-MIX)」ですね。1月8日に発売になった中島みゆきさんの43枚目のアルバム『CONTRALTO』からお聴きいただいております。アルバムの中に2曲TV-MIXが入ってます。今週の前テーマは、この曲です。今月2020年1月の特集は「瀬尾一三2020」。プロデューサー、アレンジャー、作曲家、音楽監督、シンガーソングライター、中島みゆきさんを手掛けるようになって32年です。先週と今週は中島みゆきさんのアルバムの全曲特集、今週は2週目の後半の曲をご紹介いたします。こんばんは。


中島みゆきアルバム『CONTRALTO』全曲トレーラー


瀬尾一三(以下、瀬尾):こんばんは。よろしくお願いします。

田家:インストゥルメンタルで番組が始まると気分がちょっと違って、先週と今週ゆっくりした気持ちで始まりますね。でもアルバムは最後の曲「進化樹」の後にTV-MIXが2曲入っていて、あの余韻がいいですね。

瀬尾:そう感じていただければ嬉しいです。彼女からアルバムの中に2曲TV-MIXを入れたいっていう要望があって、それで入れました。

田家:瀬尾さんはアルバムの話は他の場所でもお話されているんですか?

瀬尾:初めてですよ。このアルバムについて話すのは今回が初めてです。

田家:瀬尾さんの中で、今回のアルバムで何か今までと違うと思っていることはいくつかあるんでしょうか?

瀬尾:彼女がつけた『CONTRALTO』というタイトルが代表していて。うた歌いとしての本来の姿へと近づくでもなく戻るでもなく、それを確認している感じがしましたね。

田家:なるほど。今回はそんなアルバムの後半をお聴きいただくわけですが、その前にですね、この曲から始めたいと思います。1988年の中島みゆきのアルバム『グッバイ ガール』から「野ウサギのように」。

中島みゆきとの出会い

田家:なんでこの曲で始めたかというと2つ理由がありまして。1つは来週と再来週が、瀬尾さんのキャリアを改めて辿る2週間で、この曲は、瀬尾さんが初めて手掛けたアルバムの中の曲だからですね。で、もう1つは去年の〈夜会VOL.20「リトル・トーキョー」〉の中でこの曲を歌われていました。瀬尾さんとの出会いの30周年記念を2人で祝われているようでした。

瀬尾:いやいや(笑)。そんなことはないですけど、舞台のところのシチュエーションでどの曲を選ぼうかという時に彼女が選んだっていうことはありましたね。

田家:でも彼女の中ではきっと、30周年というのがあったのではないでしょうか。

瀬尾:うーん、人の心は分からないですからね。特に複雑怪奇な人の心は分かりません(笑)。

田家:今年6月頃に〈リトル・トーキョー〉の映画が公開されるんですよね。昨日から始まったツアーが終わった後ですかね。この〈リトル・トーキョー〉は、「夜会はもしかしたらこんなことをやりたかったんじゃないか」っていう内容だったんですよね。

瀬尾:89年から始まったんですけど、僕としては89年にこれに近い形でできれば良かったのになって思ってます。

田家:音楽に寄りながら、エンターテイメントになっていてストーリーもあって。

瀬尾:ずいぶん時間はかかりましたけどね。ある意味、夜会の理想型に近い形ができたのかなって。

田家:これまでで一番楽しかった夜会ですね。

瀬尾:本人も歌って踊ってましたしね(笑)。

田家:これはぜひ映画館で観ていただけると楽しめると思います。「野ウサギのように」でした。
田家:こちらはアルバムの6曲目「観音橋」ですね。アナログ盤で言うとB面の1曲目になるんですけど、これの1個前の収録曲「 齢(よわい)寿(ことぶき)天(そら)任(まか)せ」がオリエンタル風で、「観音橋」は童歌風に。

瀬尾:ちょっと懐かしい感じを出したかったんです。曲のメロディも言葉遣いもちょっと昔話っぽいので、童歌っぽくしてみましたけどね。

田家:先ほど何気なくB面の1曲目と言ってしまったんですが、それも意識されていたんでしょうか?

瀬尾:そうですね、やっぱり僕らってアナログ世代なので、頭のどこかにはA面B面っていう考え方がありますね。

田家:みゆきさんのアルバムは、アナログ盤でも発売されてますもんね。やっぱりアナログの音って違うと思われますか?

瀬尾:先日アナログ盤の試聴をしてきました。僕がアナログに聴き慣れてるだけかもしれないですけど、音質について言うと、アナログでしか出ない音域というか、空気を伝わってくるものがすごく感じられますね。なので、その辺の音の出方のところがアナログならではっていうところがあります。

田家:なるほど。『CONTRALTO』っていうタイトルもそうですが、、どんな風に聴いて欲しいとか、ここを聴いて欲しいというポイントもあるんでしょうか?

瀬尾:僕の中では一種の原点回帰というか。本人も含めた上で温故知新ではないですけど、元をちゃんと見つめてみようっていうのがあるのかもしれません。

田家:この6曲目の「観音(かんのん)橋(ばし)」も『CONTRALTO』的だなあって思って聴いておりました。
中島みゆきの「場所感覚」とは?

田家:このトイピアノって言うんでしょうかね、これはどういうイメージだったんでしょう?

瀬尾:先ほど仰ってた童歌風っていうのもあって、ちょっと僕のイメージではオルゴール風な感じがあります。少し昔話風な感じ、蓋を開けると記憶も戻ってくるみたいな感じで。旧いアルバムの写真を見ているような感じにしたかったんです。

田家:時間の流れもちょっと変わってくるような。「橋を渡らない こちらの異人のままでいる」っていう歌詞に表れる中島みゆきさんの場所感覚といいましょうか。

瀬尾:僕の個人的な感情ですが、幼少期の頃に、父親の仕事の関係で何度も引っ越しや転校を繰り返しておりまして。転校してその地域に慣れるっていうこととか、そういうことが重なって、歌の中の歌詞にもあるように、どこかその見えない結界があってそこに入ることの覚悟とか、馴染む馴染まないっていうこと、相手がどういう迎え方をしてくれるかっていうのは子供の頃からすごく感じていました。なので、とてもこの心情はよくわかる気がします。何か見えない線がありますよね。

田家:これは日本中どこでもあることでしょうからね。そういう人たちに届けばいいなという曲です。中島みゆきさんで「観音(かんのん)橋(ばし)」でした。
田家:続いて、アルバム7曲目の「自画像」です。改めて聴くと、アルバムの10曲の中でも一番バラエティを感じさせる曲ですね。

瀬尾:これを初めて聴いたときは、「いろいろなものに手を出してくるな、趣向を凝らしてくるな」と思ったんですけどね。

田家:これは自画像というだけあって、ご自身のことを重ねたくなりますが。

瀬尾:まあ彼女はクリエイターなのでね。100%彼女のことである必要はないけど、この物語のどこかに彼女が投影されている部分があるかもしれません。

田家:そしてこういうジャジーな曲調。

瀬尾:基本の形はあるけど、あまり形に捉われないようにっていう感じがしますよね。これは言い過ぎかもしれませんが、僕的にはフランク・ザッパ的なことをやりたかった。撮るときには「もうコードとか全部無視して」って言ってたんです(笑)。

田家:それで皆も承知しておもしろがってる感じで?

瀬尾:それはもうツーカーなので、すごい楽です。

田家:さっきの「観音(かんのん)橋(ばし)」との落差がいいですね。それでは、自由で前衛的な「自画像」を聴いてもらいましょう。

瀬尾:最後のあれはね、僕の個人的アイデアで入れてしまったんです。なんていうか独白的です。「このまま行くか行かないか」っていう救われないで終わるよりかは、自分の映っていた鏡を割って次のステップに行って欲しいと思って割ったんです。

田家:なるほど。このデリカシーに欠ける女性が、デリカシーが欠けていることに苛立って。

瀬尾:そうですね、このままの状態でいるというのでなくて。一旦バシャーンって壊してしまいました。

田家:自分に気が付いたんでしょうね。お聴きいただいたのは「自画像」でした。これはあなたかもしれません。
田家:お聴きいただいてるのは8曲目「タグ・ボート(Tug・Boat)」ですね。こういうのが聞きたかったという人が多いだろうなあっていう曲ですよね。

瀬尾:ある意味ショートフィルムになるようなストーリーなので、それを表現できればと思って作ってるんです。

田家:イントロは、霧に煙ってる夜の港っていうのが見えてきますもんね。で、物の見方がみゆきさんらしい。

瀬尾:これは彼女のよく題材にする、”日の当たらない人に日を当てる”っていう。豪華客船とそれを引っ張るタグボートとの比較を寓話的にやっているだけなんですけどね。これは僕の中ではアニメーションなんですよ。擬人化されたタグボートの。曲のリズムも船のエンジンの音とかを意識して作っています。それと、外用に出ていく船と湾内で仕事がないタグボートとの対比がうまく出ればいいなと思っています。

田家:この曲って歌も優しいですもんね。地声っていうか、演技的ではない。
ナレーター的な感覚で歌っている

瀬尾:そういう意味ではね、これは僕の考えだと、中島みゆきはあくまでナレーター的な感覚で歌ってると思うんですよね。だからタグボートでもなく、豪華客船の方でもなく、それを見つめてるナレーターみたいな感じで歌ってると思うんです。

田家:「大いなる人々の水平線」の後の部分ってまさにそれですね。カメラが引いていって、彼女の歌声が大きくなっていって、両方とも澄んでしまうというか。まあでもこの曲が進むにつれて、表情が変わっていくっていうのもアレンジでしょう?

瀬尾:だって世界が変わるんですもん(笑)。だから僕の頭の中では、タグボートにたるや、客船にたるやっていうか。客船は荒波の中に突っ込んでいくし、タグボートは港に戻っていくわで、どうやってまとめようって思った作品ですね。

田家:夕靄の中に帰っていくんですもんね。改めて歌を聴くと、なるほどなと思われると
思います。曲が進むにつれて、映像も変わっていく。まさに見事なアレンジの妙という感じでしょう。そして最後にタグボートって繰り返すところのあどけなさというか、明るさ。

瀬尾:タグボートだからですよ(笑)。そこはタグボートになっているので、自分の引っ張る役目が終わったら帰っていくっていうね。世の中にはいろいろな幸せがあるから、全員が同じところ、日の当たるところを目指すのが本当の幸せなのか? っていうことですよね。だから自分たちなりの幸せを見つけた方がいいっていうことじゃないですか?

田家:途中までは、客船もタグボートも両方視野に置きながら、最後はタグボートになっているわけですもんね。私はやっぱりタグボート寄りっていうか。その視線も「CONTRALTO」だなと思いました。

瀬尾:「私はやっぱりタグボートの方に日を当てたい」っていうのが中島みゆきだと思うので。

田家:私は「タグ・ボート(Tug・Boat)」の人生にシンパシーを感じてるのよっていうね。それが最後の明るさやあどけなさに繋がってると考えたら、また新しい聴き方ができるんじゃないかと思っております。
田家:アルバム9曲目「離郷の歌」ですが、また曲調が変わってきましたね。ワルツのような。

瀬尾:彼女は比較的ワルツな曲が多いんですが、これは出だしでもうやられますよね。「屋根打つ雨よりも 胸打つあの歌は」っていうこの比較の仕方は詩人ですよね。

田家:瀬尾さんがそう言うと説得力ありますよね。故郷を離れてっていうのは、彼女の中で年々流れているひとつのテーマでもあるんでしょうけど。これもドラマ『やすらぎの刻〜道』の主題歌で、倉本さんの書いた脚本と結びつけているものがここにあると思わせてくれますね。

瀬尾:中島みゆきは倉本聰先生が書いた脚本を先に見せてもらってるので、その中にどこかシンパシーを感じて書いてるんだと思うんですけど。

田家:やっぱり脚本があって生まれたアルバムなんですか?

瀬尾:彼女は主題歌を頼まれるとき、脚本やあらすじを読まないと書かないので。僕も回覧板のように脚本を渡されて、アレンジを考えるんですけどね(笑)。

田家:でも倉本聰さんの視点とみゆきさんの視点がすごく出てるなあと思いましたけどね。

瀬尾:そうですね、着眼点ということで言うと彼女はやっぱりものすごいものを持っていますよね。相手の心に入るような視点を突いてきます。

田家:ドラマの方も、人の人生は思うようにはいかないんだっていうことがテーマになっているように思います。この曲もそういうことなんでしょう。
中島みゆきの声・質感で意識したこと

田家:今回のアルバムのみゆきさんの声、質感っていうことで意識されてることはありますか?

瀬尾:うーん、このアルバムタイトルのように音域ですよね。自分が歌うのに一番いいところをもう一度見直してみようみたいな。全体的にこのアルバム以前とは違う印象があると思います。湿った感じはないですよね。中島さんは僕の想像できないところまで物事を考える人なので、たくさん考えて出たのが今回のアルバムだと思います。極端なことを言えば、誰でも歳を重ねていくわけじゃないですか? その中でも「20代みたいな歌い方してください」っていうファンもいますけど、20代の歌い方は20代、30代には30代のっていうことにしてくれないと、20代の歌い方してくれっていうのは無理ですよね。

田家:「離郷の歌」っていうのは、今の歌い方ですよね。

瀬尾:今しかできない歌い方っていうのをファンの方にも大事にしていただきたいんですけどね。

田家:特にそれを感じられる曲でした。
田家:これもドラマの主題歌でした、10曲目「進化樹」。1枚のアルバムに4曲もドラマ主題歌が入ってる。でもサントラアルバムでもないんですもんね。

瀬尾:主題歌に使っていただけるのはありがたいことですけど、でもそれだけにおんぶに抱っこするのも失礼な話だから、アルバムとしての統一を出したいっていうことでこの曲もとても考えましたし、他の6曲も彼女はとても考えてると思います。

田家:その中の最後の1曲が「進化樹」。ずっしりと重い曲ですね。進化樹っていう品種があると思ったんですよ。

瀬尾:彼女は本当にこういう造語を作るのも得意ですよね。家系図的なものを、人間を樹に喩えて、人類は進化したのかどうなのか? っていう問い。これもまた原点回帰なんですけど。

田家:歌ったなあっていう感じでしたね。世代が七つ八つっていうのは一つの時間の流れですし、八つ世代を遡るとどこまで戻るんだろうなあ、江戸時代とかですかね。

瀬尾:いいやもっともっと向こうでもいいんですよ、喩えですから。

田家:それだけ歳が重なって、幾億年歩いても人間は果たして進化しているんだろうかっていう大きな問いですよね。これは最初に聴いた時、どう思われました?

瀬尾:これはもう、全部含めて「中島みゆきだ!」って感じがしました。

田家:ですよね、これぞ! っていう。

瀬尾:根本的に流れる彼女の一本の筋っていうのがずれることなく、ドラマや倉本聰先生の書いた脚本にうまくマッチしてるんだと思います。だから倉本聰先生も彼女に歌を頼むんだと思いますよ。

田家:倉本聰さんもここまでのものが出てくるのかって予想できたのか聞いてみたいですね。

瀬尾:最初出来上がったときに、倉本聰先生だけに聴かせたんですよ。その時に倉本聰先生は「うーん、中島みゆきは天才だな」って言ってましたよ(笑)。

田家:みゆきさんもずっと進化してますよね。

瀬尾:そりゃそうですよ、彼女は進化し続ける天才なので。だからそこに付いていけるように、我々も精進していかないと。それができなかったら、僕なんかとっくに捨てられてると思うし、待ってくださいって言っても待ってくれないから。並走するのだけで必死ですね。待ってくださいって言いたくなる時もありますけど、口が裂けても言わないです(笑)。

田家:年が明けて2020年に今思うこと。僕らは進化し続けているのだろうか? 人間はどこから来て、どこへ向かうのだろうか? そういう永遠のテーマを感じさせる曲です。

瀬尾一三2020年part.2、70年代以降の日本の新しい音楽のアレンジャー・プロデューサーの先駆け瀬尾一三さんに特集する1カ月。先週と今週は中島みゆきさん特集、最新アルバム『CONTRALTO』全曲特集をお送りしました。今流れているのは竹内まりやさんの「静かな伝説(レジェンド)」。アルバムを作って今、改めて思うことはなんですか?

瀬尾:改めてっていうか、次はどんなのがくるのかっていうのが楽しみな反面、当面はラストツアーがうまくいくことだけが頭にいっぱいですね。

田家:昨日から始まりましたラストツアーですね、私も同行取材させていただいているはず。73歳の音楽ジャーナリストの最後の旅だと思っております。

瀬尾:じゃあ僕も72歳の最後の旅ということで。

田家:最後まで無事にっていうのは自分のことでもあります。

瀬尾:そうですよ、僕のことでもあります(笑)。

田家:さっき仰っていた「中島みゆきに付いていくのがやっとだ」ってどういうところなんですかね?

瀬尾:彼女のクリエイトする姿というか、どういうものを彼女が求めてるのか。僕が思っていることが本当に合っているのか。そこに僕がいる資格はあるかっていうとこまでも考えますね。

田家:最後のツアーはどう終わるんでしょうか。来週と再来週は瀬尾さんのコンピレーションアルバム『時代を創った名曲たち3 ~瀬尾一三作品集SUPER digest~』の全曲紹介です。それではまた来週。

 

 

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