吉田拓郎1981年夏・新譜ジャーナル1981・10
なぜ吉田拓郎か? そう問われても答える 術はない。 古くからのファンは彼が日本の音楽シーンを根本的に塗りかえ、それから10年を過ぎた今もその熱い思いを歌続けているから、という一種の感傷も彼を愛する理由のひとつだろう。 しかし、それは多くの人々が 拓郎に惹かれる原因のほんの数パーセントにすぎない。考えてみれば原因なんて無いのかもしれない。男が女を、女が男を愛するのに理由なんか無いように。 ただ言えることは現実に吉田拓郎という男が、いや、人間が今、存在し、多くの人々が彼の生、彼自身からしぼり出される歌、言葉に感じ、揺さぶられ、そして時には教えられているということ。僕達はこの事実だけを大切にしたい。批評も、解説も、いらない。
巻末の新曲付楽譜集も併せた今月の吉田拓特集は、今の吉田拓郎から放射されたエネルギーをほんの一部分だが収めてみた。 全ての拓郎ファンへ、そして全てのアンチ・拓郎ファンへお贈りする。
7月11日 吉田拓郎 in つま恋 公開リハーサル
7月11日 夏本番を迎え、蝉の声がま るでスコールのように降りそそぐ静岡県・つま恋。年2回はポプコンの本選会で必ず訪れるこのエキジビジョン・ホールでこの日、吉田 “ブルドーザー” 拓郎が翌々日からの体育館ツアーに備えて最後の調整にスパートをかけている。
※ ※
エキジビジョン·ホールに足を踏み入れ、ステージ裏から会場へ入ると、まっ先に眼に飛びこんできたのが3人の女性コーラス陣。思わず「ヤッタ!!」と心の中で叫んでしまう。 拓郎の声を引き立て、際立たせるコーラスが付いてくれればと、いつも思っていたから。 リハーサルは各曲のチェックが終リ、丁度通しリハーサル (本番のステージと同様の曲順で--もちろん、曲順はツアー中に変更されることもあるが--曲のつながり方も同じに進めていくリハーサル) に入ったところ。 グッドタイミング!
※ ※
数日間に渡る合宿の成果だろう、リラックスしたジョギパン姿が目立つメンバー達の顔が実に明るい。 拓郎も笑顔がいつになく目立つ。
彼らの中で一番表情が固いのが"渋さで迫る (拓郎談)"鈴木茂。 それはそうだろう、今まで2人で支えてきた拓郎サウンドのギターのパートを今回のツアーは彼ひとりでこなさなければならないのだから。アンプ、イフェクタ ーのチェック、PAの人達との連絡に余念がない。
通しリハでは曲をたて続けに演奏してゆく。
各曲のアレンジが前回までのツアーと大きく変っている。レゲエのリズムが多用されているということもあるが、全体的にとてもファンキーな感じだ。そして何よりも驚いたのが新曲の多さ。ツアーといえばまずアルバムを発表し、そのプロモートを兼ねてツアーというのが普通のパターンなのだが、今回は全くその逆を行っている。 ざっと数えても7曲新曲が並んでいる。走り続ける拓郎は今また、 うたいたい 歌を作り、それを歌うために行動するというシンガー・ソング・ライターの最も基本なラインへ立ち戻った。
「風のシーズン」、「Y」、そして後に9月5日に急拠シングルで発売されることになった「サマータイムブルースが聴こえる」等、これからの拓郎のス テージのポイントになっていくであろう曲がリハーサルを見守る人々の耳に新鮮に届く。
※ ※
この通しリハーサルで一番ネックになるのが曲と曲とのつながりだ。 曲のエンディングから次の曲のイントロへ曲を切ることなく続ける際のテンポの取り方が問題になってくる。 おもしろシーンをふたつばかり。
「春を呼べ」〜「言葉」にかけて
島村(ds) ここリズムどうなってんの? 松任谷さんの足のリズム見てたんだけど判んなくて...。
松任谷 あ、 これ、俺のビンボーゆすり (笑) 「恋の歌」 から 「Y」 にかけて。「恋の 歌」 のエンディングに常富のアコースティックのアルペジオが重なるのだが・・・。
拓郎 ♬なんてことのない出会いって・・・だめだ! ついてけない! 意外なとこでつっかかるなあ (笑) ツネや ん、こっちきて弾いてよ。 うん、これでいい、これで。 わ!顔は近づけるな!!
常富 リズムとりやすいように体ゆらそうか?
拓郎 ゆらすなよ。 そのズボンでゆられたらたまんないよ!! (笑) 顔は近づけなくていいっつ一の!!
それにしても女性コーラスの効果は絶大だ。 決して高音でグングンひっぱ るわけではなく、どちらかと言えばひかえ目なコーラス・ワークなのだが実にステキなサウンドを作り出している。 拓郎も気持ちのおもむくままブレイクしたり、とても自由に気持ちよさそう にうたっている。
※ ※
午後5時、通常のリハーサルが終了。 拓郎をはじめとしたメンバーは食事をとりにホテルへ。そして7時から、今度は無料で観客を入れたホールで最後のリハーサル。 拓郎にとって初めての公開リハーサルだ。 このリハーサルでステージの進行はもちろん、ライティング、スモークなどの演出の最終のチェックを行なう。
全く観客を意識に入れずひたすら曲を続ける拓郎に、(観客に対して発した言葉は 「えー、どうも。いきます」の 一言のみ) 当初とまどいを感じていた観客も、それならば、とばかりにいい意味で勝手にのりはじめ、 しまいにはアンコールまでせがみ始めるほど。
※ ※
このリハーサルを通して見て、拓郎に対するふたつの感情がより大きくなったことを痛切に感じた。思わず「タクロー!」と呼びたくなるような身近な人間・吉田拓郎、また、側に近よることさえできない巨大なミュージシャ ン・吉田拓郎。 そして常に転がり続けていく、まさにRolling 30そのものを生きる吉田拓郎…。
いよいよ始まるツアーが成功するこ とを確信したことは言うまでもない。
◇
| 固定リンク