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2005/12/29

吉田拓郎「女ともだち」浅川マキ

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女ともだち[ 4  ]  撮影/吉田拓郎  浅川マキ(文) 1984年月刊カドカワ8

初めてマキに会ってからどれくらいたつのか忘れてしまったが、ファインダーの中の黒 ずくめのマキは相変らずのいい女だった。

吉田拓郎が、この「女ともだち」という企画を引き受けたとき、そう若くない方がいい、そう思った。彼の現在の日常から少 しばかりはみ出してみたい、そんなちょっとした閃きだったのかもしれない。

「五年に一度、会うことにしようか」

わたしと吉田拓郎はそんな約束をした。 だが彼は記憶していただろうか。

わたしは、ふと目を上げた。その途端にカメラが連写する。すっかり陽の落ちた屋上に、電源から長いコードを這わしてライ ティングした。暗闇の壁に凭れたわたしだけが浮き彫りになる。こちらからは、 蠢くいくつかの影しか見えない。拓郎はなにも言わずにシャッターを切った。いま彼の目に映っているのは、思いがけない程に濃い化粧をした女だ。

十四年前に、渋谷の「ジァン·ジァン」 という小劇場で拓郎は客席からわたしを見ていた。
「おれより、歳下のくせに、生意気な女じ ゃないの」 彼はそう思う。 「そのうえ、おれがわざわざ広島から来たと言うのに、『夜が明けたら』、その歌を聞くため、なのに、とうとう唄わないんだから」

彼と対談した折に、はじめてその事を知った。対談の日から十何年過ぎたいま、拓郎は鮮明に写し出されている女の顔に、ひ どく冷静に焦点を合わせているのだろう か。意図して連写しているのではなくて、 瞬時にわたしの顔の、いやそれ以上のなに かを感じてしまい、正視することが出来な いのだ。動き廻っているたくさんの男たちの影がある。ひどい近視のわたしだが、そんななかで、いま拓郎がどんな風に動いているのか確実に捉えることが出来る。わたしは、少しずつその方向に顔を動かしていく。

「吉田拓郎が発してくるとのヴァイヴレーション、あの頃とちっとも変わらない, うん、それ以上に思える」

風が吹いて髪がわたしの顔を覆った。六本木のビルディングの谷間に吹く突然の風である。目を伏せた。そのとき拓郎は、わたしの気持まで写し出してしまうのかも知れない。思わずわたしは髪を手で押し戻すと目を見据えた。

「おもしろい、乗って来たぞ」 はじめて、拓郎の声が闇の向こうからき た。 そのとき、もうひとつのカメラがシャッターを切った。田村仁さんである。写真家の田村仁さんは、わたしのアルバムのほとんど、いや全部と言っていい、十五年間撮 り続けて来た。そして吉田拓郎の写真もそうである。だから、この企画が決ったとき、わたしは、仁さんに同席をお願いした。

この何年かのあいだ、わたしは仁さんのカメラに目を見据えたことがあったろう か。わたしは俯いてばかりいた。 いま、わたしが吉田拓郎に向って目を開 いた瞬間、田村仁さんは思わず、シャッターを押したのに違いない。そしてそのタイ ミングは、その事を予測していたかのように鋭い音で刺さってきた。

神田共立講堂でわたしと吉田拓郎のジョイントがあった。十何年前になる。そのとき、ポスターの撮影のために、はじめて三人は晴海埠頭に出かけた。わたしも拓郎もマネジャーなし、田村仁さんは助手を連れずに、それは、手づくりの時代であったと思う。

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「ね、最近のレコード、聴きたい」

「あるけど」

「かけていい」

「ふっ」

「いま、聴きたいな」

「いいよ」

「うん、とてもロックしてる、でも、いいところは、むかしとちっとも変わらない」

「ビール、飲んじゃうぞ」

「ね、怒らない、鮮烈なるマンネリズム」

「ひどいんだぞ、タムジン (田村仁)なんか、いまだに、おれのこと、拓ちゃんって言うんだ」

「それは素敵に思うな、だって、仁さん は、以前はわたしのこと、マキって言って いたのに、最近はマキさん、さん付け、とても距離感を想うわ」

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「こら、本当のことを言え、タムジンとマキは、何度やったか」

「拓ちゃんは、こればっかり言って、いつも、おれを責めるんだから」

わたしは、ふと思った。ふたりの男のあいだでそんな会話をしたのは、十年も前であったのではないだろうか。それを今夜、 昨日の出来事のように話する。拓郎は、少 し話すとまた、その同じ言葉を繰り返した。そのたびに否定も肯定もなくて、田村仁さんは美しい顔でただ笑っている。わた しには男たちの気遣いに思え、また、ふた りの男の近さが察せられた。

「おれさ、マキに出逢った頃ね、とにかく周辺が気になってね。アイツがなにやってるかって。よし、それじゃ、おれならこう してやるとか、そんな風だった。それがおれのエナジーだったかも。それが、いまはおれがおれ自身に、なにかすべてが向けられている。ひょっとして若くなくなったと言えるのかも知れないけど」

「僭越な言い方かも知れないけど、わた し、それはとてもわかる。この五年、いや六年かしら、わたしのパーマネントグループ解散したあとね、好きな演奏者と、近藤等則さん、本多俊之さん、向井滋春さん、その他、もうそれこそ嵐のような舞台だった。五分で客席を蹴って帰って行くひともいた。好きなことやって,ほんとうの贅沢したの、それをレコードにもしたわ、 この二年に四枚も出したの」

「それで、おれのところに送ャて来たの」

「そうなの、でも聴いてはくれなかったの ね」

「聴いてないよ」

「京都の円山の野音のときは、この演奏者に、山内テツもいたし、三曲目には客席は総立ち」

「マキは、お客が総立ちになるのが好きなの」

「それはない」

「だろう、驚いたよ」

「ただ、演奏者が輝いていたの。そして、わたしのうたは、楽器の役割の方が大きかったかも、でも、このごろまた、無性にうたを唄いたくなったの、そんなことはともかく、あなたが地方公演してるときね、一度、見たい、そう思ってね」

「現われるなよ、お化けみたいに。マキが来てるって聞いたら、おれ、唄うのやめて中止だよ」

拓郎は酒を飲んだ。 六本木交差点近くにあるわたしの住んで るこのアパートメントも取り壊しが決った。粗末な椅子をいくつか用意したが、彼はしばらくすると床にジーンズの長い脚を伸ばして座り込む。

「まえに、この部屋に来たよ、おれ。新宿 で一緒に飲んだ帰りだった」

わたしは、彼の記憶違いがおかしかっ た。このぶんじゃ、五年に一度会おうと言う約束だって、覚えてはいないのかも知れ ない。 五年前に吉田拓郎は文化放送の彼の受け持つ深夜番組にわたしを招んでくれた。

「ここは、明るすぎるわ」

彼は、蛍光灯のスイッチを消す。小さな スタジオ、わずかにさし込んでくるミキシング·ルームの明かりのなかで、ふたりは向い合っていた。

「わたしのうたの終りが、ゆっくりと消えていく。フェイド·アウト、途中でカットしても平気よ、だって、このスピードの時代のなかで、聞き手の若者は待てないと思う」

「今夜は、浅川マキの特集なんだよ。そんなこと、どうして気にするの」

深夜だというのに、拓郎の支持者たちがスタジオのガラス越しにこっちを見ていた。だが放送が終ったとき、誰もいない。 わたしひとりが一足先に玄関に出たとき、 彼等はつまらなさそうにコンクリートに並んで腰をおろしていた。

あれから五年。今夜わたしは吉田拓郎のカメラの前に立つ。

「もう、出会うことは、ないのかも知れない」

私も今また 船出の時です

言葉を選んで 渡すより

そうだ

元気ですよと答えよう

吉田拓郎が唄ったひとフレーズ、低い響 きのある声には色がある。それは変わるこ となくわたしのなかにある。


(了)

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