カテゴリー「お喋り道楽」の記事

2005/08/27

お喋り道楽 拓郎×松本隆④

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     時代が変わっても残る歌

拓郎 松本君はお酉は飲まないし、趣味は、本?

松本 本読んだり、歌舞伎観に行ったりしている。

拓郎 『微熱少年』っていう映画もやりましたけど、これから映画とかも作りますか?

松本  映画はちょっとね。

拓郎 小田和正が二作目にトライしているんだけど。

松本 やめたほうがいい。映画は映画で、みんな命懸けているからね。

拓郎  そうなんだよね。

松本  やるんだったら、こっちも命懸けでやんないと。

拓郎 そう、腹くくってやんなきゃいけないと思うよね。僕、映画に出演するだけでも大変だと思ったもの命懸けじゃない、みんな。あんなところにチャラかしで行くと失礼だと思うんで、もう二度と出ないと誓ったんですけどね。映画、作りますか、やっぱりいつ かは。

松本 どうしようもなくなったら作るかもしれないけど。

拓郎 今は小説で表現できると。

松本 小説もね、ここ数年、書けてない。

拓郎  書けてないというのは……?

松本  やっぱりね、韻文と散文てね,正反対なの。同じ言葉なんだけど 両方やるって 、 すごく難しくてね。だから詩を書きたいなと思ったら、小説はお預けだな。

拓郎  全然、世界が違うわけ?

松本  全然違う。簡単にいうと、詩っていうのは引き算なんですよ。いらない枝葉を全部 切っちゃって、幹と根だけにする。それがいい詩なの。小説は逆だね。

拓郎  なるほど。

松本 幹を作って、いっぱい葉っぱつけて、花を咲かせてね。小説は足し算。足し算と引 き算って、両立しないでしょ。

拓郎  なるほどね。かなり違うものなんだ。

松本  引き算は引き算でよさがあるからね。

拓郎  今の音楽についてはどう? いいたくなきゃいいんだけど、小室哲哉とか、あれ系の若い子のものがいっぱい出てきて、僕らの時代では想像もつかないくらいの枚数のアル バムが売れてるわけでさ。『風街ろまん』は何枚?

松本  あれ、想像で1万枚売れたって、喜んでいたよ。

拓郎  今はCD何百万枚っていう世界ですからね。そういう歌の世界を、言葉の世界から 見てて……。

松本  あれって、そんなに興味はないんだけど、要するに物の価値を数で評価するのはやめたほうがいいよ。

拓郎  数でね。

松本 何万枚売れたとかさ、いくら売れたっていうのは、意味ないと思うよ。それより残る歌をどのくらい作るか、そういう物差しではかるともっと厳選されると思う。

拓郎 今は厳選されてない?

松本 今の歌がね、何曲残るのか、分からないですよ。

拓郎  これから十年、歌い継がれるものかは。

松本 十年たってみないとね。だってはっぴいえんどがね、こんなに残るなんて全然思わ なかった。もう二十年以上たっているでしょ。

拓郎   そうですよね。

松本  二十年間、ろくに売れなかったものが残ってるっていうさ。

拓郎  これはすごいことだよね。

松本  これは価値があると思う。時代が変われば、枚数なんて意味がないよ。時代が変わっても残っているかどうかだよ。 

  終

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お喋り道楽 拓郎×松本隆③

     絵空事の世界を壊したかった

拓郎  さて、はっぴいえんどもいろいろあって解散しちゃって、自分が望んでいたかどう かは知らないですけど、気がついたら松本隆は大作詞家になってしまった。そのへんのいきさつはどうだったんですか。

松本 単純にさ、はっぴいえんどでの僕の担当が、詩を全部書いて、ドラム叩いていたわ け。それで、どっちかを選ぼうと思ったの。二兎を追うのは嫌だなあと思って。

拓郎  二兎は追わない人なんだ。

松本 ドラムだとさ、僕が考えるには、はっぴいえんど以上のメンバーっていなかったのね。これ以上のバンドが作れないんだったら、やる意味はないから、スタジオミュージシ ャンになるか、作詞家になるか、どっちかしかない。ロックがこんなに長続きするって思 わないじゃない。

拓郎  あの頃はね。 松本今だったらさ、たとえばストーンズがじじいになってもまだ同じスタイルでやって るわけで,それはそれで素晴らしいことなんだけど、当時、僕らは二十二、三歳でさ、五十すぎてドラム叩いている姿なんか想像できなかったからね。じゃあ、悪いけど、ドラム, ここで思いきってやめてみようかなあと。それって、自分にとってものすごいことだった のね、ナタで命綱ぶった切るみたいな。

拓郎  僕なんかが見れば、松本はドラムでよかったのにねとか思うんだけど。

松本  言葉は、自分で何となくこれでやっていけるかなあと思って。

拓郎  当時はまだ、松本君が作るような言葉づかいっていうのかな、日常会話みたいなも のはなかったでしよう、流行り歌の世界に。やっぱり花鳥風月とか、そっちが圧倒的で。   

松本 絵空事だったの。そういう歌謡曲、つまんないじゃない。嫌いだった。嫌いなんだ けど、変えられるんじゃないかなあと思って。自分が、何ていうのかな、川のこっち側に 立って対岸を見ると、すごいネオンの海が向こうに見えて、ブルックリンからマンハッタ ンを見るようなものですね。で、あそこ行って、ちょっとぶっ壊してみたいなと。

拓郎 人の家を壊すなっていうんだけども、必ず人の持ち物とかを壊してみたくなるんだよね。やっているうちに、簡単に壊れるなっていう感じでしたか。

松本  いや、結構手ごわかったね。

拓郎  手ごわかったですかそれで、いろんなアイドルも含めて注文が来るわけですよね。 男の子と女の子とだったら、どっちが書きやすいというか、乗れるんですか気分的には やっぱり女の子のほうがいい?

松本  どうなんだろうな。周期があるね。女の子ばっかりでちょっとうんざりするなあと 思うと、男の子のが入ってきたりするし。

拓郎  たとえば少年の歌作るときって、やっぱり精神的に少年になるんですか。松本君っ
て、「微熱少年」だよね。

松本 僕ってやっぱり、ピーター·パン世代なのかな。

拓郎  いろんな人の曲を作ってるけど、この子はいい子だったなっていう女の子はいまし たかあまりいうと問題あるかもしれませんけども、この子のはちょっと面白かったなあ っていうのは。

松本 みんな素晴らしくてねえ(笑)。

拓郎  松田聖子はよかったですか

松本  あの人は、スピーカーからさ、僕の詩が肉声になって出てくるじゃない 詩を書いてるときに、こうなるだろうなっていう予感はもちろんあるんだけど、紙の上の文字がス ピーカーから風のように出てくるのよ。

拓郎 松田聖子っていうのは、いちばん最初に曲を依頼される以前から、どんな人なのか っていうようなイメージがあったんですか

松本  あの頃って、『ルビーの指環」とか『ロング·バケーション』とか、マッチのス ニーカーぶるーす」とか、結構売れたんだけど男ばっかりに書いてたのね。女の子が急にいなくなっちゃったわけ。誰か女の子に書きたいなあと思っていたらさ、CMで「裸足の季節」ってあったじゃない、僕の詩じゃないんだけど。何か、この声の人にはね、僕が合 本 うと思ったの。

拓郎 松田聖子には僕が合うなんて、普通の人はなかなか思わないよ。おれだって思いたいけどさ。

松本 僕が書くべきだなあと。

拓郎  書くべきだと(笑)。あ、そうですか。これは天職のようなものだ。そういうのは ハマっちゃうのかもしれないな。

松本 時代の波ってあるじゃないですか。あの頃ってさ、何にも苦労しなくても、時代の 波の頂点に乗って滑っているときだったんですよ。そういう本能的なカンみたいなものが すごく働いているんだよね。

拓郎 たしかに、そういうひらめきみたいなものがバンバン来るときと、全然ひらめかな いときとあるものね。何周波数みたいなものがあるんだろうな。それで、松田聖子には ひらめきを感じたわけだ。

松本 ご飯どきにね、テレビをボーッと見てたらCMが流れてきて、宇宙の周波数みたい なものがピッと来て、箸が止まってさ、うん! おれが書くべきだなって。次の瞬間、三 秒後ぐらいには、そんなこと忘れているんだよ。ずっと忘れてて、いい歌うたっているな あとか思っていたらね、忘れた頃にさ、詩書きませんかって依頼がきて。

拓郎 裏からコネ使ってない?

松本 拓郎じゃないから、そんなことしたことないよ(笑)。

拓郎 そんなことって、おれが年中してるみたいじゃない (笑)"おれはできないよ、恥ずかしくて。

松本 なかなかできないよね。

拓郎  できない。やっぱりいくら何でもね。だけど、このアーティスト、おれだったらと 思う人は時々いるんだよね。

松本  いや、いっぱいいるよ。でもね、僕が聖子をバトンタッチしたのって、『白いパラ ソル」なんだよね。あの頃はもう『青い珊瑚礁』みたいなさ、すごい張ってる高音の肉音 は、たぶん年令のせいだ る人年歯 だけど、 とテンポ落として、しっとりした歌を歌えるんじゃないかなと思って、それで『赤いスイ ートピー』とか作ったの。

拓郎  君はさ、松田聖子とか太田裕美とか、アイドルとか若い女の子たちに、まあ、音程 はこのへんの低いところで歌ったらいいんじゃないかっていう感じで作ってさ、それを分 からない女の子たちが、君のことを先生と呼ぶ。僕は不愉快な気がする(笑)。

松本 呼んでないって。

拓郎  松本先生とかっていって、おれには拓郎さんとかいって、失礼だって(笑)。君も 結構スタジオに行くよね、ボーカル·ダビングとかやってるときに。

松本  最初はね、行ったほうが売れていたの。

拓郎  あれ、ジンクスなの?

松本  うん。あるときふっと気がついたの。売れる曲と売れない曲があって、何が違うかなあと思ってね。そしたらスタジオ行ったものだけ売れていたの。

拓郎  行かなかったものは売れなかったの?

松本  うん。そのうちさ、おれも何か有名になっちゃつて行くとね、歌手の人があがっ たりなんかして。すごく若い人たち出てくるじゃない。十六とか七とかね。そうすると松本さんがいると、緊張して歌えないみたいですとかいわれて。

拓郎  そういうこといってもらえるんだ。おれなんか、スタジオ行くと、今日も来てるとかって、ヒマ人扱いだよ。拓郎さん、今日仕事ないんですかって。バカヤロー、お前のレコーディングだから来てるんだよ。時間がいっぱいあるんですねぇとかいわれながら、楽 しまれてるもん(笑)。失礼な話だよ。

松本  それは人間的な懐の深さという……。 拓郎 そう思ってくれる、本当に? おれは自分でほんとに懐深いと思ってるの、誰もい ってくれないけど(笑)。

松本  いや、深いと思うよ。

 

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2005/07/27

お喋り道楽 拓郎×松本隆②

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頭脳警察とはっぴいえんどは許さない

拓郎  詞を最初に書いた曲って覚えてる? 一番最初に作った曲って。

松本 はっぴいえんどの前に、発売と同時に解散したエイプリル・フールっていうロックパンドがあって。

拓郎  柳田ヒロ。

松本 そうそう、知る人ぞ知るみたいな。

拓郎  そういうんじゃなくて、アマチュアの時代に、商品になる前にさ、走り書いてボツ っちゃった曲なんてないの?

松本  エイプリル・フールの一個前に細野さんとね、名前は忘れたけど、アマチュアバン ド作って、それで一個だけコンサートやったんですよ。三部ぐらいあるコンサートの中の トリの部を、おれのオリジナルで構成して。

拓郎  それもいきなりプロっぽいじゃない。たとえば、個人的に女の子の前でギターでこ うやって歌ってとか。

松本  ないないない。

拓郎  ないないないって、そんな否定しないで。おれはあるから。最初はそんなもんだと 思ってたぞ、曲っていうのは。大体、初めて詩を書こうかというのは、高校ぐらいのとき にジメジメしながら、好きな女の子に、なんとかちゃん好きだよとか、書いてない?

松本  うん、必要に迫られてね。

拓郎  高校の頃って、ナンパなんかしてたんでしょ、湘南なんかで。

松本  うん、人並みに。湘南とね、千葉も行ってたよ。

拓郎 千葉ですか。千葉と湘南って、同じ海でも何か違うんですか。

松本千葉のほうはね、ちょっとフィルターがかかってるんだよね。同じ太陽でもちょっ と暗いかな。

拓郎 ほんとかな(笑)。

松本そのシブさがいいんです。だからみんなが湘南っていっているときに、おれは館山に行くとか

拓郎 そういうタイプだよ、君は。話はちょっと変わるけど、松本君たちのはっぴいえん どに、恨みがあるんですから。あれ、立教大学でしたっけ?

松本 慶應大学。

拓郎 学園祭で,頭脳警察とはっぴいえんどと僕なんかが呼ばれて、みんな持ち時間を区切られているのに、頭脳警察っていうのがすごく長く演奏したんですよね。そのあと、は っぴいえんどで、僕が一番最後だったんです。それで頭脳警察の演奏が長くって、声高々 とアジテーションをやって。そのあと君たち、すごく不機嫌だったでしょう?

松本 次の日が京都で、最終の新幹線に間に合わないから1曲しかできないとかマネージ ヤーがいってさ。僕は何か他のこと考えていた。あんまり進行のことはよく知らなくて。 で、大滝詠一が出て行ってさ、頭脳警察が長くやりすぎたから僕らが1曲しかできねえっ て。

拓郎 大滝君がそういうこといってくれたもんだから……。

松本 反乱になっちゃつたの。

拓郎 そのあと、僕一人なんですよ、残った出演者は。君らはバンドだからいいけど、僕は一人なんですから。

松本 あのときはほんとに、ドラム叩いてて、石が飛んでくるわけ。細野晴臣さんとか、
大滝さんは、ギターとかベースは弾きながらよけられるじゃない。ドラムはこうやって座 っちゃってるからさ、ビシッとか顔に当たって痛えなコノヤロー! って。

拓郎 そのね、痛えなコノヤロー! とか、一曲しかできませんでしたとかっていうもん ですからね、君らがいなくなってから、僕一人ひどい目にあいました。頭脳警察とはっぴ いえんどへの怒りを全部僕一人で背負い込んで。ギター1本だよ、おれ。悲しかった。頭 脳警察とはっぴいえんど、おれはもうこの二つのバンドは絶対許せんと、ひどいやつらだ なぁと思った。あれがはっぴいえんどとは、最初で最後。

松本 あれがそう? その後、会ってない?

拓郎 会ってないですね。第一、はっぴいえんどと吉田拓郎、毛色が違うでしょ。どっち かっていうと、何だ、あの野郎みたいなのがあるじゃないですか。

松本 うちのバンドはすごく過激でね。すごい偏屈じじいの集まりだったから。

拓郎 その伝説といわれているはっぴぃえんどの話なんですが、知る人ぞ知る細野晴臣さ んってどういう人なんですか。 松本天才だったものね。

拓郎 天才ですかやっぱり。

松本 僕が高校卒業したときに、上手いベーシストがいるから一緒にやってみないかって いわれて、二人で会ったんです、原宿の喫茶店で。で、現れてさ、当時、こんな肩ぐらい まである髪の長い人ってめったにいなかったじゃない。

拓郎  もう長かったんだ、その頃。

松本 彼は大学二年で、初めて会ったときに、「君、髪が短いね」っていわれた。

拓郎  いいな、そのフレーズ。まんまだけど、いいね。はっぴぃえんどでは細野さんが音楽的なリーダーシップを握ってたんですか。

松本  うん、この人はすごいと思ったね。

拓郎  最近会います、細野晴臣に?

松本  時々ね、バッタリ会うよ。最初に会った、彼が大学二年のときから、あ、この人、 おじさんだと思っていた。

拓郎  そういう感じね。悪い意味じゃなくて。

松本 すごくね、悟りきったような、深いものを持っているわけ。

拓郎  そういう印象あるよね。

松本 今でもまったく変わってないの。ちょっと太ったぐらいでね。

拓郎  大滝詠一さんはどういう人ですか。

松本 友達だけど、あんまり年中会いたくはない。

拓郎 そうなの?まあはっぴいえんどというのは、いつもそんなに何してるっていう感 じのバンドじゃないものね。

松本  いや、よく、あんな偏屈な人間が四人も集まって一つのことやってたなと思う。

拓郎  集めたのは誰なの?

松本  やっぱり細野さんだよ。

拓郎  よく選んだね、こんな変わった人たちを。

松本  みんなあそこで人生を間違えたんです。

拓郎  松本隆ももちろん最高に変な人だと思いますけどね。

松本  普通、バンドってさ、一人だけ才能のあるリードボーカルがいて、後はバックバン ドになっちやう。ローリング·ストーンズがいい例だと思うんだけど、あれって、ああい う一つの形が理想なわけ。はつぴいえんどってビートルズ系なんだよ。四人で、何かギク シャクしながらやっていた。

拓郎  うーん、自分でいってるからすごいね。四人の中でいちばん面倒見がいいというの は誰なんですか。

松本  おれじゃない。おれが通訳だよね。

拓郎  通訳ね

松本  潤滑油。細野さんところ行って、大滝さんはこういっているけど……。

拓郎  それ、疲れるねえ。半年もたないな、そんなのは。

松本  三年もったんですよ。

拓郎  それこそ伝説のアルバアムがたくさんあります 名曲もたくさん残ってます。日本のフォークとかロックの一つの源流のようなものが、はっぴいえんどというか、細野さん あたりから出てきているというのがあるんだよね。

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2005/04/03

お喋り道楽 拓郎×松本隆①

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拓郎×松本隆

拓郎 昨日,久しぶりでユーミンのコンサート行ってきたんですよ。僕、二十年ぶりぐらいなの、彼女のコンサートって。

松本 僕も見に行ってないですね。

拓郎 いやあ、いいむお尻していたよ。 脚もきれいだったしね。僕はずっと以前に、いい脚してる女の子がいるからって誰かに誘われて、ユーミンの、というより荒井由実のコンサ ートに行ったんだよね。当時って、僕らの周りにはイルカか五輪真弓しかいなくてさ、歌はいいんだけど、あんまり観賞する感じのコンサートじゃなかったわけよ、どっちかっていうと。

 

松本 帰りたくなってきちやった(笑)。

拓郎 だから僕にとって、当時のユーミンはけっこう観賞したい女の子だったんです。ミ ニスカートはいててね。今、四十三歳でしょう。どんな感じかなと思って行ったら、きれ いな脚でね、プリンって、ちゃんとお尻も出てるし、ちゃんとシェイプアップしてる感じ で、ほんとにピチピチしてましたよ。

松本 そういう切り口で入ると、何て答えたらいいのか(笑)。

松本隆の不思議

拓郎 僕たちがいちばん最初に会ったのはどこでしたかねぇ。

松本 いつだろうね。そういえば覚えてないな。

拓郎 松本隆ってよく分からないという人がいるんだよね。なかなか出てこないし、喋らないし、カゲでコソコソっていう感じのイメージがあってさ(笑)。

松本 カゲでじゃないですよ。

拓郎 だから詩の世界から判断するわけですよ。今も向こうで『外は白い雪の夜』をスタッフに読んで聞かせたんだけど、 「今夜で別れと知っていながら、シャワーを浴びたの 悲しいでしょう」……これ、僕が君に書いてもらったんですから。

松本 そうですよね。

拓郎 どういうことなのかな、これ。「今夜で別れと知っていながら、シャワーを浴びたの悲しいでしょう」っていうのは。こういうことをどこから思いつくわけ?「シャワ ーを浴びたの、悲しいでしょう」って、この女の子は、僕が思うにとてもいい子よ。だからこの女の子には会いたいと思うけどさ、それを書いた君に会いたいとは思わないもんね。 どうしてこういう詩が出てきちやうの?

松本 どこから思いつくか分からない。不思議だよね。

拓郎 不思議なんですよ。いつもそういうふうな感じで、みんな、松本君を見ているわけですよ。どんな人なんだろうって。何でそんなに女のこと知ってるの、その人? っていうことがあるのよ。

松本 女だと思ってないんだよね、はっきりいって。

拓郎 こういう主人公たちを?

松本 松田聖子の歌なんか書いていても、あんまり女っていうのを意識してないの。男も女も同じ人間だから、人間まで下りちゃおうと思っている。

拓郎 あんまり男とか女とかドロドロの感じにはなってないの、頭の中では?

松本 人間まで下りられたら、どっちでも共通する深いもんが出てくるんじゃないかと思って。

拓郎 そうはいってもさ、シャワーとかいうのが出てきて……

松本  男だってあるじゃない、それ。

拓郎  今夜で別れと知りながら、男がシャワー浴びて......?

松本  男だって万が一っていうことがあるから、清潔にして。

拓郎  万が一のためにきれいにしておこうという……。

松本  そうそう。

拓郎 松本君、それだと、夢も希望もないよ(笑)。でも「私をきれいな思い出にして」 っていうのなんかは、やっぱり女の子でしょう。

松本  あんまりいないけどね、そういう女の子。

拓郎  いないでしょ。そういう女の子におれたち、憧れるわけですよ。

松本  僕もこういう人がいたらいいなと思って、それを主人公にしたんです。

拓郎  やっぱりねえ。今夜、「私をきれいな思い出にして」、とことんやりますっていうことですか(笑)。

松本  全然違います。それ、拓郎さんだけですよ(笑)。

拓郎  何で僕のイメージをそう決めちゃうの? 僕だってね、「私をきれいな思い出にして」って、そういう世界に入ってることは入ってるんですよ。ただ、一言、どうしてもつけ加えちゃうんですよ、「思いっきりやっていいかい」って(笑)。松本隆さんはそういう意味で、どんな人なんだろうなといろんな人が思っているようなんですけど、まずお子様の頃ですが、ずっと東京でしよう、生まれも育ちも?

松本  ずっと東京です。

拓郎  どこ生まれですか、東京の?

松本  青山。

拓郎  これですよ。青山で生まれてなきゃ、ここに行けないんだよ。「今夜別れと知っていながらシャワーを浴びる」っていうシチュエーションには。

松本  全然関係ないですよ。

拓郎  学校はずっと慶應なんですか。

松本  中学から。

郎  中学から慶應で、何人兄弟なんですか。

松本  いちおう三人でした。過去形だということは、一番下の妹が生まれつき体が弱くて早く亡くなっちゃったから。

拓郎  それは君の人生形成に影響があるんですか。


松本  かなりある。僕が詩の中で優しいとか、人と会って優しいとかいわれるのは、多分そのせいだと思う。


拓郎  妹さんの。


松本  生まれたときから弱かったから、すごく守ってあげないといけないのね。小学校に通うのも、ランドセルを僕が二個持ってあげたり。


拓郎  ああ、いいお兄さんだねぇ。そういう優しさ、おれにも少しくれる?


松本  優しいじゃない。

拓郎 自分ではいい人だと思うんだけどね、優しいかどか……。それで松本君の家は何をするお宅だったんですか、お父さんは?


松本  大蔵省の役人だったの。

拓郎  官僚か。


松本  官僚の息子がロックやってたって、すごいよね。


拓郎  これがまた面白いんだよね。


松本  結構すごい摩擦があったから。


拓郎  松本君自身は健康的な兄貴だったの? ケンカも強かったりとか。


松本  ケンカは売られることはあるんだけど買わないんだよね。


拓郎  買わない。


松本  子どものときからさ、結構理屈っぽくて、言葉で、理詰めで話してるうちに、相手が面倒くさくなって、手が出なくなっちゃう。


拓郎  それはある。松本君と話していると、ときどき面倒くさくなることありますもん。


松本  高校生ぐらいのときに目つき悪くて、ちょっと突っ張ってたじゃない。海に行くと 「や」の人から、からまれるんだけど、何か用ですかとかっていって。


拓郎  理屈こねるのね、「や」系の人に(笑)。もうその頃、音楽っていう感じはあったん ですか。

松本  高校のときにバンドやってて、アマチュア·コンテスで……。


拓郎  それ面白いね。聞きたいんだけど、最初からドラマー志望だったの?


松本  最初っから。ギターはあんまり上手くなかった。デイヴ・クラーク・ファイヴっていうバンド知ってる? あの『グラッド・オール·オーヴァー」ってドラムがカッコいいんだよね


拓郎  知ってる。ダブルドラム置いてるやつ。


松本  ドラムが主役で。


拓郎  ビートルズほどじゃなかったけどね。


松本  ビートルズの後に出てきたんだよ。それを知ってることが、中学三年生ぐらいだと結構ね、通みたいな感じで、僕はドラムがいいって、いちばんいい楽器取ったつもりだっ たんだけど。


拓郎  あ、そうなの。


松本  いちばん地味になっちゃいましたよ(笑)。

拓郎 ドラムを買えるような環境があったんですか。揃えるだけでも、当時は・・・。


松本  ないですね。親をダマしてドラムを買ってやったことが、人生で非常に後悔することだって、あとで親にいわれましたよ。


拓郎  高校の頃からイギリスのそういうロックで、アメリカのはあまり聴かなかった? プレスリーとかは?


松本  プレスリーは拓郎の世代のアイドルだったんですよ。


拓郎  アメリカのシックスティーズとか、フィフティーズとかはあまり影響を受けていないの? デル・シャノンとかニール・セダカとか、あそこらへんは?


松本  やっぱりポップスを自分の中ですごく評価したのは、ビートルズだったの。


拓郎  やっぱり、ビートルズなんだよね。


松本  これがあったら他に何にもいらないみたいな。だから中学のときにビートルズっぽいことやっていたじゃない、デイヴ・クラークに行って。それが高校入って、急にインス トルメンタルやりだして、そのバンドが結構上手くて、何回か全国大会で優勝したりしたんだよね。


拓郎  コンテストみたいなのに出てるの?


松本  ドラムコンテスト全国大会で優勝してね。

拓郎 えっ、松本君が。それ、全国が下手すぎるんじゃないの。

松本 「ヤング720』なんかにもゲストで出ちゃって。

拓郎  その頃、『720』の司会って、誰だったの?

松本  ええとね、北山修。 北山修や如藤和彦がまだやってたんだ。

松本  それでドラムソロやっちゃった。

拓郎  えっ!

松本 誰も知らなよね。

拓郎 おれ、松本隆のドラムソロって聴きたいなぁ。 ドラム聴きたいのは、松本隆と田辺昭知だね。どっちも謎のドラマーだからね。

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