たくろうパック④ / 伊藤友治
(注: 歌詞中の「心の中に傘をさしてはだしで歩いてる」は「たどりついたらいつも雨ふり」に使われた)
「拓郎は知る人ぞ知る、プロレスの大ファンでした。そんな拓郎をビックリさせてやろうと1計を案じて実行したことがあるんです」 小室が語るビックリ大作戦の一部始終はこうだ。 その当時、アントニオ猪木は女優の倍賞美津子と結婚して東京·港区六本木のマンションに住んでいた。 その1階下にはジャズ奏者、渡辺貞夫の住まいがあり、彼と親しく付き合う猪木夫妻は入り浸っていた。 「世界のナベサダ」の部屋を訪れていた小室とTBSテレビのディレクター、高橋一郎はそこで偶然猪木夫妻と出くわした。丁度、水曜から木曜日に変わる深夜であり、今夜は『拓郎パック』がある。妙案を思い付いた小室はナベサダの口添えを得てアントニオ猪木を誘い出すと、自分の車に乗せ、午前1時過ぎ に赤坂のTBSに向かった。 スタジオでは拓郎がマイクロフォンに向かって喋っている。頃合いを見計らってそこに乱入する計画だ。 副調整室にいた桝田は前ぶれなしの来訪者に驚いた。 「とてもデカイ男がスタジオの入り口に立っていました。顔を見ると、なんとアントニオ猪木さんなん です。小室さんが連れて来たことは直ぐにわかりました。彼らはスタジオに入る気満々のようでした。特に止める理由もないし、笑って「いいよ」、と合図を送りました」 何が起きたのか。拓郎は一瞬きょとんとした表情になった。だが、猪木の巨体を視線に捕えると「 あっ、 アントニオ猪木だ。猪木さんが来た。本物のアントニオ猪木さんがいる」と叫ぶが早いか、猪木に抱き付いて喜びを全身で表した。よほど嬉しかったのだろう。拓郎は生放送のことなど忘れたかのようにスタジオ内をぐるぐる駆け回った。その時の拓郎は完全に無邪気な少年に戻っていた。 拓郎にまつわる逸話を桝田から幾つも聞いた。彼は拓郎のことを話す時、弟を気遣う兄のような優しい 顔になる。私はそう感じた。
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