人間研究・第3回《吉田拓郎》リタイアしない青春だからこそ 月刊明星1980.6 #ta960 #吉田拓郎
今年に入って、ある若者向けの雑誌が ” 79年中で、もっとも素晴らしかったコンサートは誰のか?"というアンケートを取ったことがある。このアンケートで断然、他を引き離して"吉田拓郎"トップにランクされた。確かに、昨年の拓郎のコンサートは、異様ともいえる熱気に充ち溢れていた。武道館、そして愛知県の篠島で開催された拓郎のコンサートは、観客の感動の涙とともに、日本のミュージック・シーンに残る大イベントとして長く記憶されるだろう。 また、同じ雑誌の今年、行ってみたいのは誰のコンサートか? というアンケートでも、やはり、拓郎がトップを占めていた。
そんな背景もあってか、4月15日から始まった拓郎の春の全国ツアー( 19ヵ所) はどこも超満員。特に4月29日に行なわれる東京・渋谷公会堂の前売りチケット は、発売前日からプレイガイド前に長い列ができる、というパニック状態をひきおこすに至った。 「なんでだかね、オレにもよくわからんよ。ただこれだけは言えるんじゃない
か? 若いヤツらが、何かに対して、よくワケのわからん欲求不満を起こしちまってるってこと。今のコンサート、フォークもロックも同じことだけど、9割以上の観客が女の子だろ。ところがオレの場合、 6割以上が男なんだよ。進学戦争だの落ちこぼれだの、イラだっちまってる若い男のヤツらが、オレの歌の中に、別の青春を見い出してるってことじゃないのかな。オレも、この4月5日で34才になっちまった。ふつうなら、連中から見るとオレはもう"オジさん"と呼ばれても仕方ない年令になったわけだけど、アイツらは、オレを"アニキ”として自分の欲求を投影しているんだよ、きっと」
そんな連中のためにも、拓郎はコンサートをやり続けるつもりだし、新しいアルバムも、自分の中の熱が冷めない限り創り続けるつもりでいる。7月に、もう一度、武道館でコンサートをしようと決めたのも、コンサートを聴きに来るためのチケットを買えなかったファンへの、せめてもの心づかいからだ 「歌え! と連中がオレに言う限り、オレは歌い続けるつもりだ。それに、オレら、30代の連中が、やっといろんな社会の中の中枢部を占めるようになり始めたところだろ。そんな連中に空気を入れ続けるためにも、オレはリタイアできないよ! そして、オレらが完全に世の中の実権を握れるところまで、走り続けなきゃならんだろう!」
■アメリカで自分に自信がついた!
あくまでフォーク・シンガーとしての姿勢を捨てない拓郎が、3月いっぱいを かけて、初めてロサンゼルスで海外レコーディングをして来た。 「オレは別に、海外録音でなけりゃ、なんて気はまるでなかったんだ。スタッフにノセられちまったんだな。国内でのレ コーディングは、今まですべて自分がプロデューサーとしてやってきたし、これからも、誰かにプロデュースを頼むなんて気はない。だから、スタッフとしては誰か、まったくオレを知らない外人スタッフにプロデュースさせて、ちょっとイ メージを変えよう、とたくらんだらしいんだな」 そんなわけで、今回のロス録音のプロ デュースは、リタ・クーリッジなどのプロデューサーとしても有名な、ブッカー・T・ジョーンズ(キーボード奏者でもあ る)が受け持った。そしてバックミュージシャンも、リタのバックをやってる連中など、そうそうたるメンバー。 「最初は確かに緊張したよ。連中、日本なんて国があるなんてことも知らないほどの音楽バカばっかしだしな。だけどどってコトないな。オレは逆に自信を持ったよ。日本のミュージシャンはテクも何も、もう向こうの連中には負けてないぜ。 アメリカが兄貴で日本が弟、なんて発想する必要は、もうまるでいらないよ。遊びはちょうどロスにいたジャンボ尾崎とゴルフしたぐらいかな。筋がいいってほめられたよ。あと今年の目標? うん、子どもを作ろうと考え始めたことだな」
撮影 故 大川奘一郎
月刊明星1980年6月号
◇
◇
| 固定リンク