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2017/07/02

拓郎のオールナイトニッポン ・ゲスト南沙織(改)

祝 7月2日南沙織誕生日cake
1974.10.14 拓郎のオールナイトニッポン ゲスト南沙織
 
ー リスナーの投稿を南沙織がたどたどしく読む ー
 
好きなアイドル登場に拓郎は冒頭からテンション高い
拓郎 はい、そういうわけできょうは、先週予告しましたけどね。別にいっぱい羅列してあげたんだけども。えー急に電話してみて「都合はいいですか?」「都合は悪いんですけども」えーお忙しいところすいませんでした。
シンシア いいえ。
拓郎 南沙織さんが来てくれまして。えー、なんて呼びゃあいいんだろう。
シンシア シンティアでいいんじゃない。
拓郎 シンティアでいいの?あのー、シンティアってのが・・
シンシア シンティア。
拓郎 シンティアってのがホントの呼び名なの。
シンシア うん呼び名。
拓郎 シンティアでいこうかきょうは。
シンシア ふふふ。
拓郎 あー、最近ねぇ忙しいですか。
シンシア そうです、忙しいですね。
拓郎 きょうも忙しかったみたいですね。
シンシア うん、まぁ。
拓郎 忙しいとこ、なんか走って来たって車がなかったんでなんか
シンシア 走って(笑)。
拓郎 大変ですねおたくもなんか。零細企業、はっはは。いやいや・・
シンシア 零細企業ってどういう意味?
拓郎 え?あ、あのね冷静に仕事をしてる会社。あははは、ホントにもう困りますけどもね。えーシンシアはね、あシンティアはね、あのー着るものはね、ミニスカートと長いスカートとどっちが好きなの?
シンシア そうですね。ミニも好きだし、まぁ長いのがあれですね、ラク。
拓郎 あ、長いのがラクなの。どうしてラクなの?
シンシア ははどうしてラクなの? やっぱり気にしなくていいから。
拓郎 何を気にしなくていいの?
シンシア やっぱりあのー。
拓郎 男の目線を気に・・
シンシア いやそんなんじゃなくて。ミニ着るとね、ストッキングだとかいろいろ着なきゃいけないから。
拓郎 ストッキングはかなくていいじゃん。
シンシア そうですか?やっぱりね、普通着ますね。
拓郎 そう?
シンシア うん。
拓郎 ホントかな。あのー今度さ、ロンドンなんかでミニスカートなんかはかないようになったでしょう。
シンシア そうですか?
拓郎 知らないの?
シンシア 知らない。
拓郎 あのーミニスカート作るのは禁止っつってね。身体に悪いからとかそういうんでね。
シンシア え?
拓郎 身体に悪いっつうか冷え性になるとかなんかね。
シンシア はぁー。
拓郎 そいで、とにかくミニスカートはロンドンのものでしょもともと。で、それね、廃止になるらしいのね。そうすっと日本でもミニスカート多分流行んなくなると思うわけ。すると僕なんか非常に悲しいわけね。やっぱり女の子ってミニスカート絶対いいと思うわけね。
シンシア うん。
以下略
ミニスカートからオッパイ話、バージンかどうか尋ねるなど全開。南沙織も「拓郎さんはおもしろい」「拓郎さんなら変な話も許せる」など打ち解けた雰囲気で全編笑いが絶えない。南沙織はライヴでも拓郎話をしているとの事。
本人から呼び名は「シンティア」だと聞いた拓郎は番組中「シンティア」で通した。南沙織が拓郎宅へ行ってずっと大笑いしていたという話、その際つけられたアダ名「ツル丸ハゲ子」話で盛り上がる。住まい近くのペニーレインで拓郎たちに会った話、拓郎はシンシアの妹ロージィにも会ったという話、ミュージックフェア収録時ブルーだったという話などなど。下ネタと放送禁止用語が多すぎて文字起こし断念spa
- 不安定な日常 -
「明星」1974年7月号に寄せた手記(原文は英語、著者訳)
仕事の後も、家事が待っていました。からっぽの家に帰るのがとてもいやだったことを、今でも思い出します。冬の季節には、部屋は冷えていて、死んだように音がしません。自分でシャワーの火をつけて、自分の夕食をつくらなければならない。そのあとは、お皿をかたづけないといけないし、洗濯もしてしまわないといけないし、決められた日までに宿題も準備しておかなければなりません。(中略)仕事をやめたい、歌うことに終止符を打ちたい。沖縄に帰りたいと、私はなんども思いました。でも、やめることは、たくさんのことを意味しました。私は、私のまわりで働いてくれているたくさんの人たちのことを考えなければなりませんでした。みんなは私を助けてくれて、それで問題をかかえてしまったのだから、私にも責任がありました。私が何をしようと、そのことに影響される私のファンや家族に対しても(責任があります)。
私がひとりで生きているなら、どうってことありません。けれども、人びとの感情はとても重要なものだから、すべてを忘れてジャンプすること(仕事をやめること)は、私にはできなかった。
こんなに苦労があるのに、どうして学校へ行くのか。その理由はこうです。人は、女性でも男性でも、その人がすることについて選択ができるべきです。私は、そう、強く信じています。私は、若いときにこの仕事につきました。その分、(芸能界の)外のありふれた生きかたと、自分とは、まったくちがっているんだと思ってしまうところでした。だからこそ、私は、自分が普通の女の子であることを忘れないようにつとめました。
- 永井良和著「南沙織がいたころ」 -
深夜放送ファン1972.3号
南沙織 深夜0時。東京12チャンネルのスタジオの片隅で。ちょっとした手違いから、迎えの車を待つハメになってしまった。 一日の最後の仕事を終えてホッとしたのかごらんのようにグーグー、スヤスヤ。これも 明日の仕事のための準備である。

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guts1971.10月号

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妹ロージィと 1972.11明星

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