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2017/02/27

すばる・吉田拓郎ロングインタビュー・重松清 ③ : 2010年3月号

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■ 自分では書けない詩を

重松 さっき、等身大という話があったんですが、僕たちの世代は拓郎さんが『KAHALA』(アルバム『マラソン』収録、83年)を歌ったときに、 えっ、拓郎さんが? って。

吉田  ああ、ハワイだからね。

重松  拓郎さんには、やっぱり『落 陽』( 73年)のイメージがあって、苫小牧から仙台へのフェリーに乗っている拓郎さん、あるいは竜飛崎や隠岐の都万の海岸に立っている拓郎さんは見えるけど、ハワイはないだろうって。 でも、よく考えてみたら、あれは岡本おさみさんの詩で、拓郎さんは旅は嫌 いなんですよね。

吉田  ええ、旅は好きじゃないですね。あれはあくまで、岡本さんの詩の世界。

重松  でも僕たちは勝手に、ギターケース下げてフェリーに乗っているのが吉田拓郎だと思い込むわけです。例えば『ローリング30』( 78年) の詩だって松本隆さん。たぶん、作詞家は拓郎さんへの当て書きなんだろうけど、そういうのを歌うときには、自分の世界とは違うんだというのは気にならないんですか?

吉田  すごく気になりますよ、そり ゃ。岡本さんの詩も松本さんの詩も、もらったときにいい詩だなと思うけ ど、オレには書けないや、とかオレの世界じゃないな、とは思うんです。しかし、いい詩だな好きだなと思えばそれは歌にしたい。岡本さんの詩でも 「ひとつのリンゴを君がふたつに切る」 (『リンゴ』より、アルバム『元気で す。』収録、72年) って。僕はリンゴを食べると歯茎から血が出る(笑)か ら食べないけど、こんな詩はオレには書けねえやと思うから、じゃあこれを歌にしてみたらどうなるか、好奇心からやっちゃうんですよ。僕は絶対に フェリーでサイコロ転がしているじいさんと話をするような旅人じゃないですからね(笑)。

重松  ほとんど虚構、フィクションですよね。でもやっぱり歌の力って怖いなと思うのは、拓郎さんがフェリーに乗っているようなイメージが投影されてしまう。これが作曲家として他人に 提供するだけだったら違うでしょうけ ど、自分の声で、自分の体で歌うというのは、やはり自分のある部分の反映 じゃないですか。それって怖いことですか、それとも楽しいことですか?

吉田  すっごく楽しいことだけど、いまのお話を聞いていて、きっと聴いている側の混乱はたまらんだろうなと思 いましたね(笑)。『結婚しようよ』を 歌っておいて、旅でサイコロ振るおじ いさんに出会って、挙げ句にハワイのカハラ·ヒルトン・ホテルがいいよ、 その上、『ローリング30』で30歳過ぎて転がる石になれって……。どれなんだよ、お前は(笑)

重松  そして最近では、『ガンパラナイけどいいでしょう』(アルバム『午 前中に…』収録、09年)と歌ってみたり。おかしいなあ。そうなるとまた聴 く側が、40年間の中で勝手にピック アップして、許せる拓郎と許せない拓郎を分けていく。

吉田  それについていま言えること は「ごめんなさい、すみませんね」し かなくて。僕がもし聴く側にいたら、 確かに混乱はすごいでしょうね。そんなヤツを好きにならない (笑)。

重松  そういう矛盾。拓郎さんは本の中で「とにかく自分には矛盾があるんだ」と書いていますね。「矛盾がいいんだ」とも。

吉田 矛盾はものすごくあります。それがいいと言ったのは間違いかもしれないけど、バラバラな自分は意識していますよ。明らかに一貫性がない、言ったことをやり通せないんです、絶対に。昨日言ったことを今日は忘れている。それらを全部含めて「ええかげんな奴じやけ ほっといてくれんさい」 (『唇をかみしめて』より) って(笑)。

重松  そうか、あのフレーズに帰ってくるんだ。納得します。

吉田 僕はだから、刃を突き付けられたらもうダメ。ほんとダメです。「すみません、いままでのことは全部嘘で した」って言っちゃう感じですね。つまり「あんたは何なんだ」と言われて 「オレはこうだ」と言える強い何かを持ち合わせていないんです。

重松  しかし、オーディエンスも中津川世代だったらもう60歳くらいにな っていて、普段は「人生を語らず」じゃないと思うんです。でも年に一度、コンサートではそこを味わいたいとい うような、身勝手なものがあります。

吉田  それは絶対にやらなきゃいけないでしょう。だからまた、ツラい人生が続くんですけどね。年に一度だったら『人生を語らず』( 74年)『落陽』 『今日までそして明日から』( 71年) を、やっぱり歌わなければいけないと僕も思っていますよ、歌う限りは。

重松  この前( 06年)のつま恋コンサートでは、『落陽』の前に「やってあげるよ」と言ってくれた(笑)。「みんな聴きたいでしょ?」って。

吉田  そう。でもサービス精神でやるというのと、やってる最中にシラーッとなって、やらなきゃよかったな、という感じは常に隣り合わせですからね。それこそ、三波春夫さんが「お客 様は神様です」と言いながら『おまんた囃子』を歌い続けたのは偉いなあ、あれを考えれば吉田拓郎はまだまだあの域に達していない、頑張ろうって思って『春だったね』(アルバム『元気 です。』収録)を歌うしかない、という思いもある。

重松  やっぱりライブっていうのは、 全国ツアーという形式じゃないにしても、これからもおやりになるんでしょ う?

吉田  ライブは絶対に必要だと思いますね。アルバムだけだと、自分がさっぱり分からなくなってしまうような気がする。もうツアーじゃなくてもいい、という僕なりの考えがあって、来 年はここで歌うぞという場所は、具体的に頭の中にあります。

重松  そうなんですか。

吉田  まず、最初の歌はここから始める。それにはコンサート会場じゃないところがいい。誰もここでは歌っていない、というところ。

重松  うわっ、ファンはその言葉をとにかく聞きたかったんです。

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■自らの青春を傷つけないために

重松 音楽の愛し方って、別にオリジ ナル曲を発表しなくても、好きな歌を好きなメンバーで演れればいいんだ、 という演奏そのものを楽しむ行き方もあると思うんですよ。でも、五万人を 集めてしまった拓郎さんとしては、そういう行き方はやっぱり取れないですか?

吉田  僕にはそっちへ行かないという意地というか、音楽をやっていく上でのある種のプライドがあるんですよ。 これだけは絶対守り続けるというのは一点だけで、それは新作を作り続けること、旧い曲だけで生きていくことだ けは絶対にしない。必ず新しい言葉、曲を作る。新しいメロディと新しい詩を書き続けるということだけはさぼりたくないし、それをやめちゃうと、生意気かもしれないけど、自分の青春を傷つけちゃうような気がします。

重松  それは、拓郎さんが東京へ出てきたときの決意でもあったわけですね。

吉田  そうです。友だちの車に乗せられて上京したときに、絶対に自分のオリジナルで勝負しようと、オリジナルで東京中心の文化にいちゃもんをつけようと思っていたわけです。プロダク ションはどこでもいいし、歌う場所だってどこでもいい。しかしそれは、有名な先生に作ってもらう曲じゃ絶対にないんだというのが僕の中にあっ オリジナルであることが、僕なりの「若者の証し」だった。その若者を、その吉田拓郎を、僕は裏切れない。他のところは全部嘘だったとしても、そこの部分だけは、絶対に大事に していくんだと。「あの吉田拓郎」は 嘘つきじゃなかった、ということだけは守り抜きたい。

重松  なるほど。例えば映画監督も小説家も、漫画家もそうですけど、以前に書いた作品をもう一度書くことはできません。だけど、歌手や作曲家はクリエーターであると同時にパフォーマーでもあるわけだから、30年前の曲もやらなきゃならない。

吉田  そう、やっちやうんですね。

重松  それってラクといえばラクかもしれない。そこにすがろうと思えば一曲ヒットがあれば、何とかなるかも しれない。でも、ラクはラクだけど、飽きてしまったときとか、その曲が自 分から離れてしまったと感じたとき、それを分かりながら歌うのって、それはやっぱり嘘だと思うんでよ。

吉田  まさにそうですよ。

■「飽きる」と「疲れる」の違い

重松  新曲を作る拓郎さんと、みんなが聴きたがっている『落陽』を歌う拓郎さんの間には、実は一致しないものがある。

吉田  一致はしないですね。いまおっしゃった「飽きる」というのも人間の心理として仕方のないことでね。みんなは「飽きた」とあまり言いたがらないけれど、ものを作る人というのは 、 音楽家であれ小説家であれ、途中で作業としての創作に飽きることがあるはずなんです。歌うことは作業じゃない、と言う人もいるかもしれないけど、それは作業の一環なんです。そうすると、例えばワンツアーの中で 『落陽』を北海道から沖縄まで歌って回ったら、どこかで必ず飽きてしまいますよ。「飽きた」とは、そんなことは恥だと思っているのか歌手は誰も言わないけれど、僕はやっぱり飽きると思う。そして、歌うことに飽きる以前に、曲作りという作業に飽きるようなことが起きたらどうしよう、という恐怖感を僕は強く持っています。だっ て、曲を作る作業に飽き、ギターを弾くことに飽きちゃったら、もう引退しかないわけですからね。ただ、飽きるというのも何かをずっとやり続けてきたから飽きるわけで、何もしないでぼぉーっとしていたら飽きることもない。ぼやーっとしていることに飽きる人は珍しいのであってやっぱり、何がをやってきたから飽きも来るんじゃないかと、僕は思っているんです。

重松  建前としては、同じツアーの中の『落陽』でも、北海道と東京ではそれぞれ違う、厳密に言えばワンステージ、ワンステージ違うんじゃないかという、理想論みたいなものがあるじゃないですか。

吉田  それはあるけど、でも飽きてしまう。ブルース・スプリングスティー ンが全米を回って「どの街にもオレのファンが待っていてくれる限り、オレはそこで歌うんだ」って言う。でも僕 は、待っていてくれても、全部の場所で歌いたいとは思わない。こことここだけで勘弁してよって(笑)。スプリングスティーンは偉いと思うけど、それは僕には言えないですよ。

重松  その「飽きる」ということと 「疲れる」という言葉は、ほぼ同じですか、それとも違います?

吉田  重松さんは、小説を書いていて、どうなんですか? 僕にはよく分からないけど、長い小説を書いていて途中で飽きちゃいませんか?

重松  僕の例で言えば、一年がかりで連載していく小説って、実はだいたい半分くらいで飽きちやうんですよ。も ういいや(笑)って。だからすぐに本にはしないこともあります。この前 「これじゃダメだ」と1週間ほどホ テルに入って、いつもなら半年ぐらい連載して書くはずのものを、二週間ほとんど不眠不休で書き続けたら、最後まで集中力を保てて飽きなかったです。結局、さっきおっしゃったように、やり続けるから飽きるし、飽きたあとまた何が別のことをやっちゃうんですね。つまり、次に何か新しいものが見えるから、いまやっていることに飽きるんだろうなという感じがするんです。だから、新しいもののほうへ行きたい、ここには留まっていたくな い、それが飽きるということかもしれないという気もします。連載を始めると、一応ラストシーンまではこれにお付き合いしなければならない。

吉田  それはそうでしょう。途中でやめられたら、編集者も読者も困ってしまう(笑)

重松  ただ、「飽きる」と「疲れる」 を比べると、飽きるっていうのはまだ余力を残していると思うんですよ。で も、疲れるというのは消耗して休みたい、になる。飽きるというのは、飽き たあとに別のことをしたいということ じゃないですか。だから、いまの音楽に飽きた、歌うのに飽きた、と言うときの「飽きた」は……。

吉田  そういう意味では、僕は疲れたりなんかしていない。音楽に疲れたことなんか一度もないです。飽きることは何度もありましたが、疲れることなんか、ないです。

重松  じゃあそこからもう一歩踏み込んで、あの「吉田拓郎を解散したい」 という言葉で行くと「吉田拓郎であること」に、拓郎さんは飽きませんか?

吉田  もうウンザリですよ。

重松  だけど、疲れてはいない、と?

吉田 ええ、疲れてはいない。飽きち やってはいるけど疲れてはいない。吉田拓郎を利用する快感も知っていますからね。ただ、吉田拓郎っていうのがなきゃいいな、と思うときは飽きているんでしようね、きっと。

重松 『月刊PLAYBOY』( 86年11 月号)のインタビューを読んでみた ら、「飽きた」って言葉がいっぱい出てくるんですね。85年のつま恋のあとですけど。

吉田  ああ、あのころ。

重松  映画『Ronin』(注8)に出演して、他に何もない、もうやり尽く した、飽きたって。「飽きた」というのが拓郎さんのキイワードみたいにな っている。

吉田 「飽きる」がね……。

重松  でも、疲れたとは一度もおっしゃっていない。だからそこが、ファンたちが「拓郎は絶対に音楽はやめない、信じてもいいんだ」と思ったところなんです。

吉田  だって僕、音楽ってものに行き詰っていないですよ。音楽の壁にぶち当たって自信をなくして去っていく人は過去にも何人もいたわけだし、あるいは音楽に挫折し潰されて消えていっ たり、もっと言えば亡くなってしまったり。そういうことも含めて言うと、僕は一度も音楽で壁にぶち当たった気がしていない。おそらく僕が生半可な ミュージシャンで中途半端だからかもしれないけど、僕の音楽の悩みなんて、悩みに入らない。「ああ、曲ができない」なんて騒いでいても、「お前、それは苦悩に入らないよ」というくらいのレベルのもので、ビール一杯飲んで一晩寝れば治る程度です。苦悩して数カ月も頭をかきむしるクラシック作曲家や、薬に突っ走らなきゃならないほど音楽で苦悩する連中とは違います。なんか曲ができないな、と思うときは、きっと飽きちゃって、やる気が起きていないだけのことなんです。

重松 昔の拓郎さんの言葉に「向上心 のあるやつとは才能のないやつのこと だ。才能がないから向上心があるんだ」というすごいフレーズがあって。

吉田  そんなこと言っていましたか。 すごすぎますね、それ(笑)。

重松  おそらく向上心そのものに疲れちやうときってくると思うんです。 だから、飽きることはあっても疲れないって、とても嬉しい話だなと思うんです。日本人って、飽きるという言葉 を嫌がりますけど。

吉田 嫌がります。だから僕は嫌われる(笑)。

重松 要するに、飽きっぽいというのは必ずマイナス評価です。でも、飽きっぽいということは切り替えが早いということでもあるわけでしょう。そういう面では、拓郎さんは今後もいっぱい飽きるでしょうけど、疲れないだろうなと思います。では、「吉田拓郎をもう一回やれ」と言われたらどうですか?

吉田  それは、さっき言ったように、飽きるというより疲れちゃうかもしれない。ただ、生まれ変わるなら、吉田拓郎に生まれ変わりたい。同じがいいです。やっぱり、中津川でアンプが切れて、ああいうことになって、こういうことになって、また重松さんに会ってグダグダ一言っている、同じように。 それがいい。他の自分は想像できな い。これしかない、と思うんだ。

重松  それを聞いて、とても嬉しいです。

■ジョン・レノンとボブ・ディラン

重松 拓郎さんは「生まれ変わっても吉田拓郎」とおっしゃいましたが、も し、ジョン・レノンが40歳で死なずに70歳のレノンがいたら、どうなっていたと思います?

吉田   それよりもっと大問題は、ビー トルズがどうなっていたかですよ。 対比としてローリング・ストーンズが対極にいるわけでしょ?  60歳、70歳でもいまもやっている。あれは果たして美しいのか?

重松  それとも老醜を晒しているのか?

吉田  どちらかは分からないけど、少 なくとも僕らの畏敬の念はあるじゃない。ビートルズは、ストーンズのように『サティスファクション』1曲で畏敬の念を持たれるようなバンドじゃな いと思うのね。ストーンズにはなれない。もし全員が元気でいたとしても、 ビートルズは終わってしまっているような気がする。そうすると、ジョンは ひとり、ポールもひとり。となると、 ビートルズほどの影響力をジョン・レノン個人が持てたかどうか。僕は首をひねるんだ。彼が亡くなっているからこそ、というのがある。比較がいいかどうか分からないけど、ジェームス・ディーンに近い感じがしますね。

重松  確かに、ジェームス・ディーン が生きていたらまずい気がします。生きているとまずい人って、世の中にはいますよね。死によって人生が美しく 完結したというか。

吉田  70歳近い年齢になったジョンが世の中を変えたかとか、音楽を変えたかとかいうと、ビートルズ以上のことはやっぱりできなかっただろうと思う。

重松   20代で決定的なことを成し遂 げた人が、例えばスポーツ選手のように、「体力の限界です」みたいに、そのまま引退するというのも、ある意味で幸せだろうな、とは思いますけど。 ボブ・ディランのようにクリスマス.・アルバムを出したり、グラミー賞をとったり、活動し続ける楽しみは確かにあると思いますが。拓郎さんは、ディランには行きませんか?

吉田  ボブ・ディランについて行くのをやめようと思ったのは、『血の轍』 ( 75年)を出したころでしたね。なんか宗教的な匂いがしてきて、これはあかんと。ファンだけど、ディラン.・フォロワーズになりたいとは思わない。ディラン以降では、ホイットニー・·ヒューストンとは寝てみたい (笑)とは思ったけど、あとはそんなに好きになったミュージシャンはいませんね。僕は、だいたいが飽きっぽい人間だし、音楽でもそうなんだろうなあ。

 

■根気と才能

重松  小説でもそうなんですけど、飽 きているのにそれが言い出せず、やめ られなくて続けていると、最終的に疲れちゃうような気がします。

吉田  僕の音楽もそうだけれど、文学、物を書く仕事って、やっぱり根気強い人がやっているんですかね。

重松  やっぱり机に向かい続けることができるかどうかでよね。それはある種の、必要最低限の才能と言ってもいいかもしれない。

吉田  なるほど。

重松  長編小説は3分じゃ書けません。言ってみれば、ひらめきだけでは小説にならないので、やっぱり書き続ける時間が必要です。何カ月もひとつの作品と向き合うこともそうだし 、短期決戦もある。僕、この前のカンヅメ のときは、2週間デ200時間近く座り続けたんです。ぶっ続けで30時間 ぐらい座り続けた日もある。ということは、オレには、少なくとも座り続ける才能だけはあるんだと。

吉田  それはすごい才能ですよ。

重松  もちろん、作品の出来とはなんの関係もないと言われれば、それまでなんですが。ただ、音楽も同じですよね。若い奴らが女の子にモテたくてギターを始めたりするけど、練習し続けるだけで、それは立派な才能、根気があるわけでしょう。

吉田  ほんとですね。

重松  そこからプロになったりするわけだから、書き続ける根気、指を動 かし続ける根気があるのが才能の第一歩だと思う。 向上心というより、やっぱりシンプルに根気ですよね。で、いまの状況に飽きてしまって、 「これ、やめた」と言うことはあったとしても、 とにかく土俵は割らないというのも、やっぱり根気なんだと思います。だから、拓郎さん、飽きっぽいけど根気は絶対にあるんじゃないでしょうか。

吉田  僕の場合で言うと、長文を書く根気がなくて、早く決着をつけたくなって、400字詰め2、3三枚で結論出しちゃうんです。だから明らに僕は根気がないと思っているけど、これは根気とは違うんですかね。

重松  短気なんでしょう(笑)。僕自身は、ラストシーンってなにも考えずに書いていますね。

吉田  あ、ラストを考えないんですか?

重松 考えません。とりあえず始め て、あとはなんとなく終わりに向かえばいいな、と。ラストが分かっていたら、拓郎さんのように早くラストまで行きたくなるのかもしれませんが。た だ拓郎さんのエッセイ集のタイトルではありませんが、「自分の事は棚に上げて」言うなら、間奏を延々と楽しむように書いていく小説って、いいですよね。終わりになかなか向かわな い。終わりをあせらない、というのも ひとつの才能かもしれなくて。例えばジャズなんかで、ひたすら……。

吉田  アドリブを続ける。

重松  そう、終わりに行かなくてもいい。

吉田  なるほど。エンディングのことは考えない。

重松  考えずに行って最後はフェードアウトでもいい、というような終わり方でもいいと思うんです。。無理に終わりに持って行こうすると、早く終われる程度の話になっちやう。

吉田  ああ、よく分かるな。

重松  やっぱり僕らも、パソコンやワープロのキーボードを叩いている時間が無条件に楽しいんです。だから、ずっと言葉を紡いでいたい。同じように、ギタリストでギターを弾くのが嫌 いな人っていないと思うんです。

吉田  それはもう、全然いないです よ。仕事に関しての根気というのは、 僕も重松さんもあるほうだと思うけど、他のことになると、僕は途端に根気がなくなる。そういうことはないで すか?

重松  僕はですね、飯を食っている途中で飽きるんですよ(笑)。会席料理なんかいちばんいいところで飽きちゃって一緒に食べている相手に「これ あげる」。

吉田  それは嬉しい (笑)。

重松  それと、ずっと家で仕事してますから、家に飽きる。だから、引っ越 し魔なんです。サラリーマンだったら夜帰ってきて寝るだけですけど、僕は24時間、家にいますから、家の風景を消費しちゃうんです。

吉田 あ、なるほど。風景を消費する。僕もそう言われればそうかな。東京へ出てきてからだけでも、もう18カ所か19ヵ所、引っ越していますから。なんか1カ所に落ち着けないんです。 せっかちなんだな。でも、せっかちだけどきちんとしている。よく分かんないな、自分が(笑)

重松  僕も上京30年で、13回引っ越してます。引っ越しリストというのを作っていて、いつでもできるように、印鑑証明はこことかチェックリストがあるんです。 拓郎さんと同じで、段取りが好きだから引っ越しが好きなのかな。

吉田  というところで、そろそろここを引っ越して、メシということにしましょうか。

 

(2009.11.28 東京·芝にて)

構成/鈴木耕  撮影/TAMJIN

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