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2016/11/21

蔭山敬吾さんブログ 吉田拓郎の「ビート・ピッキング革命」87――伝説が生まれた瞬間を捉えた写真

吉田拓郎の「ビート・ピッキング革命」87――伝説が生まれた瞬間を捉えた写真 : 蔭山敬吾さんブログ 

中津川フォーク・ジャンボリーでの伝説の<「人間なんて」2時間熱唱>の模様を記録した貴重な写真が井口から届いたので、拓郎さんが上京してデビューして、その伝説のライブに至るまでの3年間を、時系列にして整理してみた。

●1969年、広島フォーク村の仲間たちと上京してレコーディング。拓郎さんが23歳、僕は19歳だった。

●1970年、広島フォーク村と拓郎さんは新宿厚生年金ホールでコンサートを行い、広島フォーク村は4月に『古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう』発表。拓郎さんは上京し、デビューアルバム『青春の詩』を発表。

●1971年、拓郎さんは25歳、僕は21歳で広島商大4年。拓郎さんは、アルバム「よしだたくろう オン・ステージ ともだち」を発表。そして、8月7~9日 、岐阜県中津川市にある人造湖「椛の湖(はなのこ)」で行われた「第3回全日本フォーク・ジャンボリー」に出演して、「人間なんて」を2時間にわたって熱唱。

この貴重な写真を送ってくれた井口のメールには、「 いつ、どこで、誰から…手にいれたか不明。責任は一切とれません」と書かれていた。「簡易ステージでした」とも。

画像は良くないが、 拓郎さん、小室等さん、井口等の熱演をはっきりと確認することができる。特に拓郎さんのシャウトぶりがはっきりと分かるこの写真は、まさに、伝説が生まれた瞬間を見事に捉えた1枚、と言えるだろう。

補足だが、この写真を井口が送ってくれたのは、先に僕が、Facebookで「第3回全日本フォーク・ジャンボリー」のステージのカラー写真(拓郎さん、井口、小室さん等が写っている)を見かけ、すぐにその写真を井口に送ったからだ。灯台下暗し、とはこのことで、まさか、井口がこんな貴重なモノクロ写真を持っているとは知らなかったので、この写真が届いたときはびっくりした。

伝説が生まれた一瞬を見事に捉えているこの写真が、拓郎さんのファンの間では、すでによく知られている写真なのかどうかは知らないが、僕は初めて見たし、とても貴重なショットだと思えたので、紹介させていただいた。

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