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2014/09/24

グレイスランド&蔭山敬吾のブログ・吉田拓郎の「ビート・ピッキング」革命1(修正版)/グレイスランド&蔭山敬吾のブログ

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吉田拓郎の「ビート・ピッキング」革命1(修正版)

ミュージシャンや音楽評論家が「すべては吉田拓郎に始まる」という

ようなことを言って、そのヒーロー性や影響力の大きさばかりを語っ

たり書いたりしているが、どの話にも肝腎なことが抜けている。

その肝腎なことというのは、拓郎さんが日本のポピュラーミュージック

・シーンで起こした、『「ビート・ピッキング」革命』のことである。そのこ

とをこれまでに誰も指摘していないので、これから何回かに分けて

書いていくことにする。

まず始めに、「ビート・ピッキング」の創始者はジョン・レノンであり、

日本でその魅力——アコースティックギターでビート感を出すピッ

キングの魅力——に気づいていたのが、吉田拓郎と加藤和彦な

のだ、ということを書いておきたい。

なお、ジョン・レノンのビート・ピッキングの魅力を聴いてたしか

めたい場合は、「ヘイ・ジュード」が最適だ。後半の「ラーラーラ、

ラララッラー」の箇所のうねるようなノリノリのピッキングは、聴く

人を即、ビート・パラダイスに連れて行ってくれる。

僕が拓郎さんを初めて強烈に“意識”したのは、広島市内の見

真講堂で拓郎さんのビート・ピッキングを観た時だった。1966

年のことだった。

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