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2006/12/30

吉田拓郎90年代へ・・・・・。・パチパチ読本 1990年 No.1(4)

吉田拓郎90年代へ・・・・・。・パチパチ読本 1990年 No.1(4)

●レコード会社まで作っちゃたわけだし。
吉田 エライこと始めちやったと思ったよね。陽水はポリドールのままで、俺もSONYでいれば良かったものをって思ったもんね。今だったらレコード会社なんて誰でもできるけど、あの当時、歌手がレコード会社作るなんてなかったわけだから。リスクが大きすぎた気もするよね。
●夢もあったわけでしょ。
吉田 ありましたよね。CBS・ソニーにいたり、陽水がポリドールにいたり、みんなメジャーの中にいたわけでしょ。で、不満があるわけですよ。もっと自由に歌を作りたいとか自由にレコード出したい とか。(笑) あれは歌っちゃいかんとか。そういう規制をはずしたいとか、そういうことを話しあってるうちに、じゃ自分たちで作るしかないって。でも作ったら余計大変だったけど。(笑)
●それは、自分たちのやりたいことをやるというのが先だった。それとも、既成のレコード会社を越えるということだった。
吉田 両方じゃないですか。自分たちでやりたいことをやって、なおかつメジャーを越すんだっていう、 王道の王道を行っちゃえ、やるならNO1だよって。 でも、井上さんにしても小室さん(小室等)にしても泉谷さん(泉谷しげる)にしても、どっか不器用なんで、めったに徒党なんて組めない奴が一緒にやろうなんてことは、よほどのことがないとですよ。 それこそ、清水の舞台からとびおりるつもりでやったから、夢は相当大きかったわけ。でも、会社の1スターじゃなくて、会社を皆負うっていうことだから、営業とは何か、販促とは何か、宣伝とは何かって、やっていくんだから、大変ですよ。じゃ俺、電話1本ひいてくれとかいいだすわけだし、泉谷はベッド入れてくれとか言ってたけどね。(笑)
●でも、70年代は、いろんなことやったなあっていう感じですよね。
吉田 すごかったよね。今はどういう時代か自分じや語れないけど、あの時代は、何か世の中の方がヤレヤレって言ってるような気がしたね。 で、もうやることがないじゃないかっていう。そういうことって、そんなことが人間にあるわけって 思う人もいるかもしれないけど、男にはあってね。 僕の中ではやりたいことをやり尽くしたっていうのがあった。何となく終わったっていう感じだったなあ。それこそ、世界ツアーの夢は見ないで終わっちゃったけど。ドメスティックにはあったんだ。ザ・バンドを呼んで日本で一緒にやるっていう話が決まってたのね。
●東京競馬場でやるといってた。
吉田 うん。東京競馬場もそうで、日本中6か所押さえたよ。曲も決まってアレンジも考えてた。で後 藤からロスから電話かかってきて、あした契約するからって言ってたのに、次の日、ロビー・ロバートソンが行かねえっつうんだよ。(笑) 何だって言ったら、ディランがツアーやるんでそっち行くって言ってる。(笑) そりゃ勝てないと思ったんだよね。本家本元だし。しゃくだからそれを見にいかなきゃって見に行って。あれはすごかったなぁ。これがツアーっていうものかって。
●世界は遠い。
吉田 うん。世界は俺にはないって思ったな。あの時。でもこの10年間はたいしたことしてないっていう気分なんなんだよね。やっぱり70年代の方がすごかったから思い入れがあったね。70年代が終わるという意識はすごくあった。僕は80年代の10年間、個人的には、さほど動いてないから。淡々と90年代 が来るんだけどさ、80年代に相当やった人にはある んじゃないかな。
● 70年代が終わる時、80年代はどういう時代になるだろうって思ってました?
吉田 80年代に入ったら本当に音楽やんなきゃって。 でも、確かに何やっていいかはわかんなかったんだよね。覚えてるのは、とにかくエラく長くやってるなぁって気がしてた。今考えりゃもっと長くなっちゃうけど。(笑)

別頁より引越

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