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2008/09/01

吉田拓郎インタビュー・2005年8月20日(土)FM NACK5 J-POP MAGAZINE 田家秀樹

2005年8月20日(土)FM NACK5 J-POP MAGAZINE
【 吉田拓郎インタビュー 】
~こんにちは、吉田拓郎です。え~今リハーサルが終わって、田家さんのインタビューを、終わりました。これから家へ帰って、ひじきを食べます。食べたいな、ひじき。~

田家: 今週と来週は、来週28日から50代最後のツアーが始まる吉田拓郎さんです。70年代80年代とですね、数々の歴史的なイベントを成功させてきた伝説として未だに現役です。一昨年は、あの衝撃的な肺がんの発見からですね、摘出手術を経て、見事にカムバックしてツアーを成功させました。今回のツアーというのはですね、去年、一昨年と続いて30年来の友人プロデューサー、アレンジャー瀬尾一三さんをコンダクターにした総勢23人というですね、大所帯の豪華編成。ホーンが入ってストリングスが入ってコーラスが入って、もの凄い厚い音で、まぁ音が迫ってくるという感じの見事なステージなんですが。えーあのー、リハーサルのですねスタジオにお邪魔したんですよ。リハーサルきのうまでやってましたね、きのう最終日だったんですが。
今の意気込みはどんな感じなんでしょうね、ま、あのリハ-サル終った後ですからね結構こう、はまったっていう気分で臨んで、こんな衝撃・・びっくりしましたよ、この話が出た時は。ひじき、ひじきですね。(笑)

・・・インタビュー・・・
田家: えー、というわけで吉田拓郎さんであります。
拓郎: どうも、こんにちは。どうもご無沙汰しました。
田家: えーきょうはですね28日から始まるツアーのリハーサルがそろそろ大詰めで、スタジオにお邪魔してですね伺おうという事なんですが、今、熱のこもったリハーサルが終了したばかりです。
拓郎: えぇ、もう、疲れました。
田家: あと、もう本当に何日しかないですもんね。
拓郎: もうないですねぇ。本当に、大変ですねぇ。年々大変になってきますね。
田家: 年々大変に?
拓郎: 大変ですね。
田家: 熱は入ってましたねやっぱり。
拓郎: やっぱでも夏、夏っていう時期がこう、得意だったっていうね若い頃から。夏は好きだっていう、で夏は暑いのは全然平気だ、へっちゃらだと思って夏場のツアーが一番燃えるとかいうね。若い頃からそういう体験と経験を積んで来たつもりでいたんだけど、この2、3年、夏きついですね。この猛暑に耐えられない肉体になっちゃってるみたいでね。暑さがつらいっていうのと、この暑さの中をかいくぐって来てスタジオのエアコンの効いた所に入ったりするので体調をね、崩したりとかまた暑い所へ行って歌ったりとかするわけでこれから。ちょっとこの暑さ対策がもう全然ね、できない、肉体的にね。だから夏場は得意なはずだったんだけどちょっとあてが外れてきましたね、なんか最近全然。
田家: 今年はでも特に湿っぽいっていうのもあるんでしょうね。
拓郎: ま、田家さんもそういう年代だからそういう事毎年言ってんだけど。去年もそんな事言ってた気がするんだけど。今年は去年よりねリハーサルがきついですね。
田家: スケジュール拝見してたら12時から夜の7時までっていう歌いっぱなしでしょ。6時間、7時間。
拓郎: 一日、スリーステージくらいは軽く歌ってるんですよね。きつい!
田家: でもそれは体調、年齢関係なくそれだけ歌えばだいたいきついだろう、というのもあるんじゃないですか。
拓郎: そうですかねぇ、まぁこんなぐらいは平気だったっていう若者だったはずなんですけどね。(笑)若者だったんですよね。(笑)あの頃は。あの頃、若者だったんだなぁっていうのがね、よくわかります。全然、今、体力的に本当にきついです。
田家: あのー、体調されから体力的な事、拓郎さんの話をいろんな人としますと、まず、「体調は大丈夫なんですかねぇ」ってのが返ってきたりするっていう。それは年齢という事とは別に一昨年の事があって。
拓郎: あのぅ肺がんの手術は非常に成功に終ってその後の経過も今、ちょうど二年たって検査をした時も全身の検査したんですけどね、まったく問題なくて再発とかいう心配も90%以上もうないというお医者さんから診断がありましたね。で、恐らくまあ、もう大丈夫なんだと思うんですよ。その心配は全然なくなって、むしろ去年のね冬くらいからうつ病、今度は。今度はねぇ、まあ本当にね、なんちゅうんだろうな次々、次々ねあっちが終るとこっちがっていう感じで。うつ病なんだそうですよ。自分では意識のね、無い、うつ病。うつ病まで行かない、うつな感じをね、あの持ってるらしいんですよ僕は。そいでそれはね、えぇっとだから薬を、抗うつ剤っていうのの軽いところをね一応飲んでないと良くないんですよ。かと言って憂鬱かどうかっていうのとは違って、気持ちは非常にハッピーで明るいおじさんなんですけど医者はね、それも、うつなんだって。だから現代病ですね、要するに。現代人がひまを持て余したりとか贅沢に慣れてしまったりとか、あるいは、ずぼらな事ばっかり僕みたいにやってるとかかってしまう事があるという。確かに12月頃からひまを持て余していた事は事実なんですよ。気になる事はないかって医者に言われて、隣にマンションが建ってるのが気になるとかって言ったら、それが原因で、うつかなって言われたぐらいですけどね。人は信じてくれないですけどね、お酒もおいしいしお酒飲むと楽しくてしょうがないくらいハッピーなんですけどもうつ、なんです。  
田家: あのー、一番似合わない病気っていうふうに思われるかも知れないですよね。
拓郎: 僕も自分でね、僕がうつになるっていうのは信じられなかったですね。そいで12月、去年の12月ずっと、うつのまんま、薬を止めるわけにはいかないんだなぁっていう感じで、言われたまんまにね医者から、薬飲んでてそろそろツアーが始まるから止めようかなって思ったら、今ねあの六十肩っていう。肩が痛くなって今度は。
田家: 五十肩ではなくって。
拓郎: ま六十肩っていう、五十肩ってのはとっくに、四十、五十肩っていうのは今の僕には出てこない。ええ、要するに、肩こり、ええ。で僕はあの肩がこった事がなかった若者だったんですよずっと。長い間ギターを抱えていても、肩こりがよくわかんなかったんですよ。肩をもんでもらうとくすぐったいっていう。
田家: ははっ、やめてくれ、なんていう。
拓郎: ダメだったんですけどね。肩こっちゃって肩こっちゃって。これで肺がん、うつ病、肩こり・・・がっくり。
田家: はははっ。笑っちゃいけないんですけどついつい笑ってしまうっていう。
拓郎: 耐えらんないですよ。僕、こういう性格だからねなんでも笑顔でね、あの笑って乗り切って行きますけどもね。きついんですよ。
田家: 五十肩は3年前にやって、洋服着るの大変でしたね。
拓郎: そうねぇあのシャツ着る時に「あれっ?」ともう手が曲がらないんだな。しかも痛いんでねここが。すごく不自由だよねぇ。
田家: 半年ぐらいで自然に治りましたよ。
拓郎: 半年かかるわけでしょう。ツアー中ずっとねぇ、つらいなぁ、ていうね。うつと肩こり抱えてツアーやるおじさんて可哀想でないかい、ちょっと。同情して欲しいよ。
田家: ツアーのお客さんは同情しに来るという側面があると。
拓郎: いやー可哀想だなぁと思いながらねぇ、慰めのファックスとかねぇみんなから欲しいなぁと思いますよ。

曲 ・・・恋唄(一瞬の夏より)・・・ 

田家: お聞きいただいてるのは、あの去年のツアーのね代表曲を収めた、同じ編成でレコーディングし直した「一瞬の夏」というアルバムの中の「恋唄」。これいい唄でしょ。全然ね、そんなにメジャーなシングルヒットとかしてないんだけど僕この歌大好きです。
田家: で、えぇ、ま28日からツアーが始まる、明日から始まるわけです。私はこれから広島に向かって拓郎さんはもう広島に行ってるわけですが、ま、今年の夏のですね、そういう拓郎さんにまつわる話としてはですね、発表がありました。つま恋をやるという。
拓郎: はいはいはい。つま恋に、去年もねエキジビションホールでちょっとライブをやったり合宿をやったりとかちょっと昔やってた事を去年やったりとかして、そこに何度か通ってるうちにね、つま恋であそこほらレストランみたいな食堂みたいな所に写真が貼ってあるじゃん75年の大きな写真が。えぇ、あれを見るたびに、まぁ大変だったな、という。それこそね、青春は大変なんだなっていうね、そう思うんですよね。そういう所で大変だった青春を送った人はみんなおじさん、おばさんですよね。おじさん、おばさん達はどんな人生おくってるんだろうな、とかいうのがふと、ね。つま恋に行くにつけ考えるようになって、それで75年のつま恋からみんな散り々になって、みんな各々の人生があったんでしょうけど、あの時若者だった僕達ね、みんないろいろな人生を歩んだけども、元気でいれば、ま元気でいるだけで素晴らしいと思って、さてどんな人生だっ
たかね、と。いろいろねこの何十年間か経って、30年ですか。さて、とちょっと振り返るそういう歳になってきたんだなっていうのをね、もう一回みんなで、なんて言うんだろうな、あのう感じてみないかっていう気がしたんです。そいでまぁ、かぐや姫というグループがあそこにいたわけですよね。だからそのかぐや姫っていうグループがあそこにいたっていう事はもう現実なんでね、事実なんですね。その事実からまず、ね、かぐや姫と話してみようと思って。で三人に連絡とって、ご飯食べながらいろいろな昔話をしたり、つま恋は今こうなってんだっていう話をしたり、彼らも行った事もないその後、全然知らないらしいんですよ。こんな風になってんだよっていう話をして、ま、ふとあそこで俺、もう一回、30年振りに歌おうかなっていう時に、俺が
あそこで歌うとなればかぐや姫もやっぱりいなきゃ、やっぱり一つのパッケージとしてね。それでかぐや姫の三人と、かぐや姫も再結成とかそういう形をとってくれて僕と半分ぐらいずつ時間を分けっこして立ってくれれば僕もやれるんだけどなって。正直言って僕一人でできないよっていう。あれはかぐや姫と僕がいたんだから、だからやっぱりもしやるとしたらきみ等もいなきゃ困るんだよなっていう話をして。非常にその時に話として盛り上がって、できるかどうかわかんないし何ができるかわかんないけど、歳もとったしね。まぁでも、やろう、という気持ちでどんどん話を進めてみようかっていうみんなで。それでスタッフ達も含めて現地のつ
ま恋の人も全部いろいろミーティングとかして、ぜひやろう、と。
地元も含めて、という事でまとまったんで、来年つま恋でちょっと拓郎・かぐや姫、かぐや姫・拓郎ってやつをどこまで再現、は無理だけど、まぁ何か集まってね楽しいイベントができないかっていうね。いわばおじさん、おばさんのお祭りができるんかなぁっていう事をね、ちょっとやってみたい、ええ。
田家: でもその拓郎・かぐや姫、つま恋。ちょっと鳥肌立ちますね。
拓郎: 一応三点セットだよね。(笑)やっぱかぐや姫と僕とつま恋ですからねあれは。
田家: 75年の時のDVDが、幻のフィルムっていうのが発見されて、着色をきちんとし直してDVDで発売されましたけども。あれ見ましたけどやっぱり改めて凄かったなぁっていう感じしましたね。
拓郎: ほぅ。凄いですねやっぱり、確かに。当時特に時代背景も僕ら若者だったし僕らにとって将来が見えてなかったし、よくわかんないでやってるじゃないですかいろんな事をね。あれだってどうなるかわかんない、計算ができないまんま本編に突入してるわけでしょ。だから凄かったんだ、って事にはなるんだけど。やっぱりあれは真似できないね。
田家: 誰もノウハウ、前例、知らないわけでしょ。
拓郎: 全然わかんなかったね。だからまぁ、そういう意味ではあれは一回きりなんですよ。まぁ30年経って、本当におじさんおばさんが、何ができるんかねわかんないけど何か確認ができるか、わかんないけど、いっしょに歌って時間を共にするっていうようなところに多少の喜びとかが見いだせりゃあね、いいかなと思いますけどね。でも僕ら出演者も含めて客席も相当高齢だからね。(笑)非常にこの健康が危ないよね。みんな、コンサートが終る頃、半分は居なかったりね。(笑)全部入院してる可能性もあるから。

・・・♪ あゝ青春「一瞬の夏より」・・・・

田家: あのお聞きいただいているのはですね去年のツアーの中の抜粋曲をまとめた「一瞬の夏」というアルバムの中の「あゝ青春」。去年のツアーこれから始まったんですけど1975年のつま恋のね1曲目、これだったんだよ。
アシスタント: よく覚えてますね。(笑)
田家: 覚えてますよ。いましたからねぇ、もう「朝までやるよー」「朝まで歌うよー」っていうね拓郎さんのセリフがですね今でも目に焼き付いてます。セリフが焼きつくか?セリフもまとめて光景として焼き付いてます。本当にね武道館コンサートですらね、もう一大事だった時代に6万人とか7万人とか呼ばれていて初めてのオールナイトイベントですよ日本で。誰もね誰もそういう経験なくてノウハウも無くてみんな手さぐり。そう、で夜明けまで歌ったの。もうあの僕ははっきり言いますがこのイベントが無かったらこんな仕事してない。
アシスタント: ヘぇ~、じゃほんときっかけと言うか。
田家: いやー音楽ってすごい、鳥肌立ってね明け方でね「人間なんて」を5万人6万人が歌ってんのを見ながらね、僕ひざがガタガタ震えてたんですよ。これは何だ、と思ったの鳥肌立って。だぁー、話ながら今鳥肌立った。(笑)うん、これをまたやるんだ。嬉しいなぁ~俺。

・・・ 略 ・・・

田家: そうやって考えると60代の迎え方、だって60なんて数字が出てくること自体が、まあ想像できなかった事ですけど。そんな悪い迎え方ではないって事ですよね。
拓郎: どうかなぁ~、あんまり気持ち良くないよ。あんまり気持ち良くないし幸せではないな。(笑)ないけどねぇ~。仕方ないもん。仕方ないんだもんねぇ。これやっぱり嘘つくわけにいかないもんねぇ。いやじつは42です、なんて言ったってだめだしね。仕方ないんだけどねぇ、もう気持ちは良くないっすよ、ただ救いは周りのみんなもいっしょになっていっちゃってるから、(笑)あのみんな例えば今、バンドね、今僕のバンド瀬尾さんもそうだしドラムの島村さんベースの富倉みんな50代中盤から後半という感じのミュージシャンが集まっ
て、みんな異常って言っていいと思うけど若い、でしょ。そういう時代でしょ、だからその分だけ救われてるけど。現実はやっぱり60前だから、あんまり幸せだとは言えないね。(笑)
田家: まあこれからそういう意味では50代60代になっていくミュ-ジシャンがどんどんどんどん増えてくるわけで、最初の扉を開けるわけですよね。
拓郎: そうですね嫌ですけど。はい。
田家: この先どんな道が待ってるんでしょうね。
拓郎: あぁ、ねぇ、どうなんだろうね。ただもう今の感じで言うとさっき一番最初に話したんだけど、もう来年のイベント、その先を考えてもうバンド組もうとしてるしね。だからなんかねそういう事を一個一個テーマを持ってやってるうちに時間とか経っていくわけでしょ。それに素直になっていくしかないんじゃないかな。
田家: そんなに身構えたり気負ったりしないで。
拓郎: うん、もうそれじゃないんじゃないかな。できる事のベストを尽くそうと言うのがあるよね。だから夢はまだいろいろあってね、こんな事がやってみたい、例えばコンサートツアーも中ホール小ホール規模のやつをたくさんやりたいという話はしてるんですよ。だから本数は多くて多くの人に見てもらえるような。大きいコンサートっていうのはそんなにあまり考えないんだな今やりたい事の一つとして言うと。中、小規模のコンサートホールとか会場で数多くやれるバンドっていうのをね、作ろうとしてるんですけどね。それがまあ来年以降のテーマなんですけどね。イベント以外では。
田家: でもそういう意味では夢はあるわけですよね。
拓郎: そういう夢はあるんですよ。こんなコンサートツアー組めたらいいな、てのは思ってるんですけどね。
田家: でもそれだけ来年、来年、その先もやりたいっていうふうになってたのって今まであまりなかったんじゃないですか。
拓郎: うーんそうね。音楽好きじゃない時期もいろいろあったし。歌いたくない時期もあったし、それ率直にあったしね自分で。だからそういう意味で言うとプロフェッショナルといえないのかも知れないんだけど非常に自分でこうめんどくさいっていう時があったりして。今、なんかもうちょいやりたいっていう感じが強いのかなぁ、もしかしたら。やっぱりこのある程度年齢は、逆にこう年とったっていうかそういう事によって、むしろ何かこう音楽がシンプルになっちゃうって事になってるね。だからあんまりあれこれ考えないで歌う事が先決だっていう感じはありますね。
田家: 俺は音楽好きなんだ、とか歌うのが楽しいんだっていう。
拓郎: そうですよねぇ。歌ってんのが一番楽しいっていうか幸せだっていうような事が非常にこうシンプルにね、先にありますね。いろんな事の先に。
田家: あの、倒れるまで歌うぞ、とかその死ぬまで歌うっていうような気負い方ではなくって。
拓郎: そうそう、そうですね。
田家: でもまあそうなってもいいやっていう・・
拓郎: 今やってる事がどこまで続けられるかってのは、そういう事なんだよね。だから続けられる所までベストを尽くして頑張れるだけ、でいっしょに頑張れるバンドを今、作って音楽をいっしょにやりたいなって思ってるんですけどね。だからなんか今、そういう気持ちの「歌う人」なんかもね声かけて、バンドは俺達がいるからいつでも演奏してあげるよ、っていう歌手募集なんでね。
田家: あ、なるほどね。
拓郎: だからね今年は誰それさんと誰それさんをいっしょに連れてまわる。来年はまたB子さんとかA男さんを入れて、とかいう事をね企画してんですよ。
田家: へぇ~。
拓郎: ヴォーカリストはいくらでも呼んで来ていいと思ってるんですよ、このバンドに。
田家: はぁ~、演奏してあげるよ。
拓郎: いくらでも演奏するから、そんだけの面子は揃えるからちゃんとバンドで。それで歌いたいんだけど歌うチャンスない、あるいは歌うバンドがいない、今ちょっとコンサート休んでるとか、なんかそういう人にすぐ声かけて、ねぇねぇちょっといっしょに歌おうって。
田家: その時にはじゃあ拓郎さんの歌だけではなく・・
拓郎: もちろん。その人の持ち歌とかをいっしょにやれたらいいな。
田家: それは新しい企画ですね。
拓郎: うん何か僕らもほら喜びが欲しいから、単に僕の歌ばっかりとかいうんじゃなくて、僕も演奏したいじゃない前から言ってるけど。後ろにまわってギター弾きたい夢があるから。じゃあまぁあの沢田研二に声かけて、おぉ、いっしょに歌わない?って。ジュリーの曲を俺達が演奏してジュリ-が歌ってるバンドになるんです、その時は。
田家: ゴールデン60'Sというバンド名がいいです、なんて。
拓郎: バンド名ね。なんかそういうような夢をね。
田家: ええそういうですねこれから先の事ももう既に見えていて常に先の夢も見ていて、で明日ですね。50代最後の広島公演というのがツアーの初日として始まります。
拓郎: そうか、広島なんだよね。やれやれ、(笑)広島が初日ですか。誰が考えたんだかな。
田家: という事でツアーもですね楽しみに皆さんもして頂けると思いますが。
拓郎: はい、あのぜひ楽しみにしてもらいたいと思います。絶対に素敵なステージですから。はい。
田家: はい。ありがとうございました。
拓郎: (力いっぱい)ありがとうございました!

♪ いつも見ていたヒロシマ

田家: えー拓郎さんは85年にもつま恋でオールナイトイベントやっていて、これはかぐや姫といっしょではないんですが。お聞きいただいているのは、その時のライブアルバムの中で歌われている「いつも見ていたヒロシマ」という曲です。でも前向きでしょ。
アシスタント: うんすごく前向き。
田家: あのねその85年にこういうイベントやって90年代入ってからね、もう音楽やんないっていうような空気になってた事があるんですよ。もう歌やること全部やっちゃった、もう歌う事ないやっていう。まあさっき言ってたのはそういう事なんですが今またね、違うところにいますね。夢がまだまだいっぱいあるんだよ。
アシスタント: ね、ジュリーさんとのコラボレーションも見れるかもしんない。(笑)
田家: まあやっぱりねそうやってシンプルになって好きな事が見えてくるっていう年のとりかたもいいな、って思ったりします。

【 終 】

インタビュアー・パーソナリティー 田家秀樹
アシスタント  横田佳織

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