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2005/01/23

窓から十和田湖を見ていた - 旅に唄あり 岡本おさみ -

 
       映画 八甲田山

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窓から十和田湖を見ていた 
 
高倉健さんと初めて唄を作ったのは昨年だった。青山の小さな喫茶店で会い、話してると気持がよくて「はぐ れ旅」という唄を作った。思ったより売れなかった。そのあとまたすぐプロデューサーのA氏から話があったけ れど、延してもらった。延し延して数カ月経ってしまった。健さんは「君よ憤怒の河を渉れ」が終ると「八甲田山」という二年がかりの映画にはいって、十和田湖畔の宿に撮影隊といっしょにいるんだと、A氏は教えてくれ た。「一緒に行きましょう。同じ宿で唄を作りましょう」ぼくはA氏の若々しい情熱にいつも押されっぱなしで、 好きな人物だったし,十和田湖畔にでかけてみることにした。都市の中にしばらくいたので、雪景色の中にいれば、それだけでよかった。

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十和田湖畔、和井内の「和井内ホテル401号室」隣りの402号室が健さん、403号は監督の森谷司朗氏。 A氏がそうしたのか、健さんの隣りの部屋で寝泊まりすることになった。 十和田湖畔で雪見して、夕方から流し唄のひとつでも書いてやろう。久しぶりの旅で心ははずんでいたけれど、 氏はちらっちらっと、ぼくを鎖でつないでいった。1月いっぱいに空オケぐらいは録りたい。最低五つは作っ て下さいよ。

十和田湖畔でのロケに、ホテルの息子さんが運転する車でA氏とでかけていった。風はなくて、粉雪がふあふあと舞っていた。ロケ隊は風を待っていた。湖から吹き渡る風で雪が小さな白いつぶてになって頬をうつ。そんな天候がふさわしいのだが、風は気まぐれでちっとも吹雪いてくれない。役者さんたちは雑談していたが、寒さで足ぶみしている者もいる。 こんな雪の中に一日中いたんじゃあ、たまんないだろうな。歩いてるんならまだしもじっと風待ちなんて、い ちばん寒い。 やっと1カット撮れて、健さんは小休止らしく撮影隊のロケ・バスにやってきた。 「大変ですね」 「この監督はねばるね」 「待ち続けですか」 rここにくるまえ、黒石でね、山腹から人家がみえるシーンがあって、そこを撮ることになった。台本じゃあその場所なんだね。ところが、電柱が1本はいる。カメラをちょっと横にふれば電柱ははいらない訳だけど、「あの 電柱を隠そう』だ。樹を切ってきて隠したけど、ねばるね」 「ふーん」 「岩木山から朝の光がさしこんでくる平野を行進してゆくシーンがあった。冬だから朝の光がさしてくっきり岩木山がみえるってことはごく珍しいらしい。地元の人がそう言ってたけど、三日ねばってとうとう撮れた」 「頑張りますね」 「とにかくねばるよ。こちらもやる気が湧いてくるね」 バスにいる健さんに連絡があった。夜に雪壕のシーンを撮るという連絡だった。 「夜の雪壕か」 「これは寒そうですね」
「雪壕か」 宿の窓から雪壕を作っている人たちが見える。兵隊役で頑張ってる地元青年団の男たちが作業をしている。 優方六時ごろになって、雪壕ができ、健さんも雪の中で待機している。 すっかりなじみになった、宿の娘さんが食事をもってきてくれて、ぼくは胃をふくらませることにした。 「健さん、夕御飯を食べてないんですよ。どうしてでしょうねぇ」 「そうですか、今日も食べてないんですか」 「食べると眠くなるんでしょうか」 「いや、この寒さですからね。本当は食べたいんでしょうね」 「変ですね」 娘さんは気づいていなかったかも知れないけれど、健さんは誰にも言わず、夕食をおくらせたにちがいなかっ た。雪壕のシーンでは「眠ったら死ぬぞ」という台詞がある程、兵隊は寒さに耐えてるはずだ。それが健康な表情が少しでも、のぞいたらおかしい。それには軀ごと飢えさせて撮影するのが役者の務めだと思って、食事をぬいてるにちがいない。 雪壕シーンは三カット撮るのに十一時半ごろまでかかったらしい。監督もまた人の肉体が寒さにこわばるのを待っていたのにちがいなかった。なるほどねばってる。 気楽に湖畔でも歩こうと思っていたぼくは、何かそういう気になっていた自分がいやになってきて、それから外にでるのをやめてしまった。朝から1日中部屋にとじこもって、こちらもやるだけやってみよう。 十和田湖は、片づくまでこのホテルの窓から見ていよう。

健さんと、撮影休止の日、宿の食堂でコーヒーを飲んでいると、さわという地元の娘で兵隊の案内役をする、 秋吉久美子さんが着いたと連絡があり、秋吉さんが初対面の健さんに挨拶に来た。親切で、ざっくばらんな健さんはこの雪の撮影に初めて加わる秋吉さんに、ぽつりぽつりと「寒いからそういう寒さをしのぐ準備してた方がいい」というようなことをくつろぎながら話している。 ぼくの方は徹夜を続けて、くたびれてるから、ほとんど黙ってる。だけども秋吉さんがうたを歌ったという噂はきいていたから、 「秋吉さん、うたをうたってるそうですね」 「うたってる、っていうんじゃなくてLP作ったの」 「そうですか」 「面白かったわ。勝手なことやらせてもらって。A面は『星の流れに』とか『しゃぼん玉』とかを入れたの」 「ああ、そうか。そういう内容なんですね」 「B面は私の詩に曲をつけてくれて、バックは、安全バンドって知ってますか」 「うん。すごくいいね」 「ゆったりとして、バックがいいって噂もあるけど」と彼女は笑った。はっきりしていて、気持がいい。 「1枚目ってのがいちばんいい時なのかな。ぼくも初めはうれしかったな。一年ぐらいたつと、だんだん、無邪気になれなくなってくるな」 「無邪気じゃいけませんか」 「すまなくなってくるのかな」 「そうかなあ」 と彼女はさっぱりして、やや勝気なので、こちらが徹夜でくたびれてなけりゃあ気があうところだ。 「子供がいると、子供のために、って、ぼくぐらいの歳になると、はげみになるんだろうねえ」と健さん。 なぜか、そんな話に発展してきた。 「私はいやだわ。子供にとってみれば負担になるわ」と秋吉さんは言う。
「小学生とかね。そういう幼い子供がいたら、その子のこと考えるな。五歳とか六歳とかね」とぼく。 「それでも負担になるわ」 と秋吉さんは言う。親が子供に何かするのは子供にとっては負担であると彼女は言っていて、それは判るけれど、 幼い子でさえ、負担に思うだろうか。でもまあ、それはよいことにして、また雑談している。 この宿に来て健さんをそばから見ていると、健さんが子供好きなのがよくわかる。二歳になる男の子と五歳になる女の子が和井内さんの若夫婦にいて、健さんになついている。 撮影が終ると酒が好きな監督の森谷さんはロビーでキャストやスタッフと酒を飲んでたりする。酒も麻雀も碁もやらない健さんは、この正月から煙草もやめてしまい、帳場にくつろいで、和井内さんや二人の息子さんと話している。この宿がすっかり気に入ってしまってるらしい。いろんな宿に泊まったけれど、ぼくもこの宿がむしょうに良くて、家族の人と気らくに話している。 「この宿はほんとに家族的でいいな、こういうのがいちばん好きだ」と健さん。撮影隊の人たちもこの宿にはぞっこん惚れこんでる様子だ。働きもので、ほんとうに気持のいい宿なんだ。健さんは頭にタオルをくるりと巻いて、おいしそうにコーヒーを飲みながら家族の人と話している。

  以下略

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