カテゴリー「吉田拓郎 アーチの向こう側(ツアー"人間なんて"・新作「176.5」) 文・石原信一 撮影・大川奘一郎 新譜ジャーナル1990.2月」の記事

2017/09/26

吉田拓郎 アーチの向こう側 (ツアー"人間なんて"・新作「176.5」) 文・石原信一 撮影・大川奘一郎 新譜ジャーナル1990.2月

N1

吉田拓郎 アーチの向こう側
文・石原信一 撮影・大川奘一郎

懐かしいナンバーがCFで復活し、周囲が当人とは無関係に盛り上がる中、「落陽」、「祭りのあと」が本人によるリメイクで再登場。さらに喧噪の度合いを高めた吉田拓郎が'89年から'90年に及ぶツアー"人間なんて" を開始させた。今月は『挽歌を撃て』という吉田拓郎についての著作もあるライターの石原信一氏に、来年1月10日にリリースさ れる新作『176.5』も含めた吉田拓郎の"今"について書いていただいた。'70年代、'80年代をとおして"カリスマであること"を求められ続けてきた吉田拓郎は、今、自らの音楽に何を求めて駆けているのかーーー

N2

■彼が堅持し続ける"プロセニアム・アーチ"

ホールにはステージと客席があり、それを仕切っているのはプロセニアム・アーチである。このプロセニアム・アーチがあるからこそ、観客はステージを劇的空間だと思い、客席という日常の場所から、非日常を"鑑賞"として捉えることが出来る。 そんな哲学めいた演劇論に頭が熱に浮かされてい たのは、20年も昔のことになる。'70年を目の前にして既存の商業演劇、新劇にアンチ・テーゼとして小劇場運動が起こった。体制的演劇に批判が叫ばれる中、問題はプロセニアム・アーチであった。
劇的空間を客席と仕切るこのアーチをとりはずすことで、劇は客席へ、やがては市街へとなだれ込み、運動体となる。それは意識下でアーチを取り去るのであって、実際にホールのステージとの仕切りを壊すことではなかった。
だが実際にステージが壊された。1971年8月、第3回中津川フォーク・ジャンボリーで暴動が起きた。その撃鉄となったのが吉田拓郎の「人間なんて」であった。
中津川の野外会場はメイン・ステージとサブ・ス テージに分けられていた。この仕切り方にも問題があった。サブ・ステージに拓郎が立った時PAが飛んだ。音が通らないマイクに向かって彼は雄叫びをあげた。即興で思いつく言葉を叫び、メロディーをリフレインした。これが「人間なんて」誕生の瞬間であった。
狂ったように歌い続ける拓郎に観客の興奮の渦が広がった。人の流れがメイン・ステージからサブ・ステージへと移った。やがて興奮した観客がサブ・ステージを壊しはじめた。つまりプロセニアム・ア ーチは、観客側から取りはずされたのだ。
2時間ぶっ通しで歌い続けた拓郎は声が出なくなった。観客の興奮はピークに達した。その津波のような勢いはサブ・ステージからメイン・ステージの破壊というエネルギーになって爆発した。
これが中津川フォーク・ジャンボリー暴動事件のあらましであり、拓郎が観客にカリスマ視された最初であった。 激動の'60年代後期の全共闘運動も'70年代を乗り越えることが出来ず、挫折が満ちあふれた荒廃の街に、拓郎を旗手としたフォークという若者文化だけが勢いを持って疾走した。
拓郎を支持した若者は、プロセニアム・アーチを取りはずすことによって拓郎とひとつの運動体にな ることを信じた。
そして今日まで観客は拓郎と近似値となるため、あるいは同化するため拳をふりあげてきたような気がする。
しかし拓郎はデビュー曲「イメージの詩」以来、観客を取り込む歌を歌ってはいない。主題は「俺」である。「おまえと違う俺」である。いわば観客を突き放す「俺」を歌うのが拓郎であったのに、その拓郎の「俺」にさえプロセニアム・アーチをはずして上がり込む熱狂的なファンが存在した。
'90年1月10日にリリースされる拓郎のニュー・アルバムのタイトルは『176.5』。プレス用リリースには《拓郎自身の身長を表すこのタイトルの意味するところ、それはずばり「等身大」です》と記されてある。しかしこれまでも「等身大」の歌を歌ってきた拓郎からすれば、ここでそれをあらためてアピー ルする意味よりも『176.5』は、敢然と「彼は彼」という姿勢の表れではないだろうか。『176.5 』は誰からも侵食されない、確固たる拓郎なのである。
「すごく申し訳ないけど、俺はみんなと一緒の所にはいないと思っている。誰と会って飯食って酒飲んでも、俺は一緒の所にはいなかった。俺が上にいるとか、下にいるとかじゃなくてね。 俺は俺だしね」
つま恋で'89年末開始のツアー目前にリハーサルをしている拓郎と、食事をしながら交した言葉だ。
そうなのだ。拓郎は初めから「俺は俺」というプロセニアム・アーチを持っていたのだ。

N3

■「世の中全部、言葉が稚拙だよ」 新作『176.5』の試み

ニュー・アルバム『176.5』は、前作『ひまわり』に続いて、拓郎本人のプロデュースにより制作された。異例だったのは、すべてメロディーを先行でカラオケを作り、詞はハメコミ(「落陽」と「祭りのあと」を除く)という作業になったことだ。
「『ひまわり』を作って調子いいから、チャンスだと。曲もなんか上手く作れそうだからやろうよと、俺が言い出したんだよ。それでまず曲を作っていこうと。まあ、ミュージシャンのわがままというか、 エゴだね(笑)」
メロディーを作り、打ち込みで拓郎自身がアレン ジし、カラオケを作る作業までは順調に見えた。その流れが急に乱れたのは、詞を作る段階に入ってからだった。
新たなオリジナル曲9曲中、5曲を作詞家・森雪之丞に発注したのだが、残り4曲を自分で詞を書く作業はかなり困難をきわめた。 「世の中全部が、言葉っていうのが稚拙になっているような気がする。小説を含めてね。音楽も今サウンドはいいけど、詞はもう稚拙だ。俺が昔、『新譜ジャーナル』で三橋一夫とか田川律とかに、なんて幼稚な詞だって言われてた頃より、今はもっとすごい よ(笑)。文章を覚えたての奴が書いてる詞だ。漢字を覚えたくらいかな。とにかく詞はよくない」
プレス用リリースの言葉を借りるなら《明確なコンセプトを持ったアルバムです。「男と女の愛の向こう側に見え隠れする繊細で複雑な情念~エロティシズム~の表現」です。「谷崎潤一郎」や「村上龍」の書く作品にも通じる文学的世界が構築されています》ということになる。
雪之丞と詞の打ち合わせではこのようなコンセプトが話し合われたのだろうが、拓郎は自分の言葉(原語)を取りもどすことが主目的だったのではないだろうか。
マドンナ・ブームとかセクシャル・ハラスメントとか、急速に女が語られはじめた現代に、男の側から愛や性で対峙していくというコンセプトは時代的に正しい気がするし、拓郎にふさわしいとも思う。
だがそれは詞をなぞらえる手段であって、拓郎は自分を撃つ言葉を探す作業をしていた。それが自作の詞でなくとも、雪之丞という作詞家が撃ってくれるのなら(過去に岡本おさみがそうであったように)、歌は喚起されるのだ。
はたして雪之丞によって完成された詞は、拓郎のこれまでにない面を引き出させた。「デジタル」「システム」「錠剤」(「30年前のフィクション」より) という言葉は刺激的でカンフル剤になっている。「椅子をずらしドレスを開く」(「妄想」より)は官能的であり拓郎がどんな思いで歌っているかというだけでも興味がある。この試みが拓郎にとってどうだったのか、答えはまだ出ない。
このアルバムで、これは拓郎の詞だというのはすぐにわかる。レトリックを使わずにストレートに物を言い切る習性はここでも変わっていない。「 家族を乗り越えたけれど 心が痛い 心がつらい」(「 俺を許してくれ」より)や「故郷よさらばと家を出て 車に積みこんだ夢と走る」(「車をおりた瞬間から」)は 自叙伝的詞だ。この20年の自分の流れを43歳という自分から問いなおしている。「しのび逢い」「はからずも、あ」はコンセプトに自分を合わせて新しい作風に挑戦した作品だろう。 この試みもまだリリース後でないと答えはわから ないが、拓郎が「俺は俺だということをこんなにも詞で向かいあうことになるとは思ってもみなかったことだろう。
「今度のアルバム、俺もしかしたら売れるかもしれ ないと思ってる。すごくポップでね。聴きやすくて、ずーっとあきなくて、次はどんな曲って思う。自分の納得とは別に、第三者的に聴いてすごくいいかもしれない。こういうものって水ものだからね(笑)」 それもまたリリース後の結果だ。アルバムを制作し終えた段階で、今回のメロ先の試みや雪之丞の起 用や自分の詞の満足度がどの程度だったのか、むろん拓郎の胸の中にはあるはずだ。しかしそれを言ったにしても彼の一方的な見地からであり、はたして 自分がどういうプロセニアム・アーチを掲げることが出来たかどうかは、エンド・ユーザーの反応を確かめるしかないのだ。

N4

■「人生の中の音楽をもっと楽しみたい」 彼と音楽の新しい関係

プロセニアム・アーチの内側になるステージは、今回は元オフコースのベース清水仁、ギター松尾一彦を迎え、ドラムス鎌田清、サックス小島俊司、キーボード&バンド・マスター鎌田由美子という編成である。 「やってて楽しいね。俺ね、仁と松尾がえらいなと思ったのは、オフコースのスターなのにすごく謙虚でいる。居方が、すごく好きなんだ」
ベースの清水を左に、ギターの松尾を右に拓郎がすっくと立つと、それだけでこの三人の独得なムー ドをかもしだす。それは長年ステージに立ってきたキャリアの深さかもしれないし、オフコースのステ ージと拓郎のステージに思わぬ共通項があったということなのかもしれない。
「人間的にいいんだよ。バンドやるって大変なことなんだよ。スタジオ・ミュージシャンがやるのとちがうわけだからね。俺はいつもスタジオ・ミュージ シャンとやってるけど、彼等はパッと器用にこなすわけ。でも仁とか松尾は不器用なの。こいつら、覚えるの遅いなあって思うわけ。でもバンドをやってきた人には特徴っていうのがあって、それが俺にはある種の快感でもあるんだよ。
松尾のギターなんか、最初ソロ聴いてどうなるのか!?って思ったもの。でも、バンドの人ってこういうもんかなと思ってね。それで俺の歌い方を変えたんだよ。たとえば「ひまわり」なんて、前より淡々と歌ってる。というのはギターがガーッてくるからね。思い入れの方はギターに入れた(笑)。 バンドとスタジオ・ミュージシャンはまとまり方がちがう。ドラムの鎌田にしても仁と合せるのは大変だよ。鎌田はスタジオやってるからだいたいツー カーでわかる。仁は全然そんなことわからない。リズム感とかノリとか全然ちがうし、大まかでもバンドって、こんな言い方悪いけど、へたくそ同士集まっても音出した時は最高なんだよね。そういうアマチュ乃ぽいのがいい。 俺達はすごくかたまってるよ。鎌田もたぶんそうだと思うけど、次元が高いね。次元というのも変だけど、例えばある音楽的なイメージがあって、そこまで行かないとムッとしちゃう・・・、俺、43だけど、それはないと思ったね。音楽って楽しくやって、そこでどう溶け込んでいこうかっていうアプローチがある。その方が音楽は楽しいよ。
めちゃくちゃ上手いスタジオ・ミュージシャン集めて、それは文句ないんだけど、そこにいると甘えちゃうからね。なんか俺はもう弾かなくていいやってリタイアしちゃう。俺、今回はおもいっきりギタ ーを弾こうと思ったもの。そのためにマーシャルの アンプまで自分で買った(笑)」
音の許容量が拓郎の中で変わったのだろう。他人の弾く音のモチーフに自分を沿わせるようになった。 完璧な音作りに音楽を求めるのではなく、どう音を作り出していくかのアプローチが音楽であるというのが今の拓郎の姿なのだ。 「自分の人生を楽しみたいんだな。音楽が人生じゃなくて、人生の中に音楽があるわけ。だから音楽をよけい楽しみたい。楽しむための努力だったら、音楽に限らず何でも惜しまない。今回のバンド、楽しいよ。仲いいよ。俺も43になってバンドの評価を『だって俺達、仲いいもん』なんて言うと思わなかった。 しかし、それしかないんだよな」 リハーサル風景は、どこかゆとりさえ感じられた。 音が仕上がっているゆとりではない。このバンド5人なら、どんなステージ展開になってもカバーできるという信頼だ。そして全員がライヴを楽しもうと思っている。ポップなノリのサウンドが生き生きと響く。プロセニアム・アーチの内側はハッピーだった。

N5

■"人間なんて"ツアー  タイム・スリップの罠

『TAKURO YOSHIDA CONCERT TOUR '89~90~人間なんて~』は、89年11月21日、福岡サンパ レスで幕を開けた。開演前から客席はざわめいて拓郎コールをくりかえし「落陽」を合唱するファンの声が僩こえた。緞帳の開いたステージにメンバーが登場する姿がシル エットで浮かぶと、野太い男達の声が「拓郎、早く 出てこい!」を連発した。 これまで何度も見た馴染み深い拓郎のコンサート前のボルデージの上がり方だ。彼等はプロセニア・ アーチをはずしにかかっている。 グレーのスーツでふらりと拓郎は登場した。ギターをセットするとマイクに向かった。
「うるせえなバカヤロー」
こともなげに言ったその言葉がツアー開始の最初のコメントだった。そして1曲目のイントロがコメントを待っていたかのようにスタートした。 客席がにわかにスタンディングとなった。だが立ち上がったままどうしていいかわからずに中腰になって様子を伺う若者のブロックがいくつかあった。 ビートが効いたサウンドになると即座に立ち上がるのが、コンサートのセオリーのように覚えこんでし まった観客に、拓郎のステージは客席をあおるのでもなく、かといって静かに聴けとさとしているので もない。プロセニアム・アーチの内側は外側に媚びず、淡々と進む。その指示のないことにあせる若者がいた。
「今年は年に2度も旅するような馬鹿らしいことをやって、今もちっともやる気が起きないでいる。こういう人間もいるってこと。今日飛行機でこっちに来る時『博多に行く!』と燃えてた若者がいた。あんな頃あったなと俺は寝てました」
拓郎のMCは観客を挑発する。自分を落とし込み、観客と距離を作り、安易に握手する手を振り切る。 かましてるな、と思う。徹底して自分の事情で事を運ぶ。そんな拓郎を捕まえようと客席からコールが起きる。
「拓郎さーん、頑張ってーっ」
黄色い女性の声が飛んだ。
「俺は頑張ってんだよ。そう見えませんか?」
拓郎はコンサート・セオリーをぶち壊す。その度にどきりとした反応と、拍手が起きる。拓郎が苦笑する。
ステージと客席をひとつの緊張が分けている。見えないプロセニアム・アーチカ確かに存在している。 曲は「落陽」。ポップにアレンジしたサウンドが流れ、拓郎は思い入れをわざと封じ込めるようにテンポよく歌う。そこにはこの曲のライヴには欠かせなかった青山徹のシャウトするようなギターはない。 新メンバーの小島の吹くサックスがメロディアスに流れる。
拓郎と共に歩んできた時代という時間の経過が 「落陽」1曲にも見える。観客が拳を振り上げ、そのエネルギーを迎え撃つようなステージが拓郎らしかったあの時代。'70年代初めの時代のうねりが押し上げた拓郎。しかし今目の前にいる拓郎は、過去のヒット曲を新たにアレンジして音楽的にどう聴かせるかアプローチするアーティストだ。 「落陽」に続いてニュー・アルバム『176.5』から新曲「憂鬱な夜の殺し方」を歌う。まったくふたつの曲に時代の隔たりや音楽的な違和感はない。
ステージは名曲「外は白い雪の夜」、デビュー曲「イ メージの詩」が新たな生命体を得たアレンジで続く。 そしてツアーのサブ・タイトルにもなっている「人 間なんて」が遂に歌われた。民族音楽のフレーバー をちりばめたイントロが流れ、拓郎が軽いフットワークでマイクに向かう。この歌は詞らしいものがこれまでなかった。言葉は即興であり叫びであり、ラ イヴの曲としては拓郎の気迫さえ表現出来れば「人間なんて」はそれでよかった。
だが拓郎は今回のつま恋の合宿でホテルにカンヅメになって、「人間なんて」の詞を完成させた。おそらくはもっとも拓郎らしく時代を語ってくれるこの曲に、20年後に新たに詞を付けるという作業は、過去と現代とのふたりの拓郎の格闘であったにちがいない。
そして新しい「人間なんて」は、風のようにスピーディーにホールを舞った。人間なんてラララ・・・・・・。メッセージ・ソングと呼ばれたこの曲が、時代の重さを肩からはずして飛びまわる。
だが次の弾き語りコーナーでは椅子と譜面台の前に、20年前がフィードバックしたような姿で拓郎は腰を降ろした。
「座って歌うなんてスタイル、やると思わなかった。 お涙ちょうだいでいこう」
一度も練習していないという一発勝負の弾き語りだ。飛び出したのは「今日までそして明日から」を初めとするなつかしいレパートリーの数々。ギターのピッキングもハーモニカの音色も時代を遡る。
そして一転、バンドのメンバーを迎え入れ、拓郎 は再び時代を今に引きもどした。ラスト・ソングである新曲の「俺を許してくれ」を聴きながら、拓郎 にしてやられたことに気付いた。何気なく聴いていた曲の配列とアレンジは、実は20年の時間を自由自在に拓郎がすり抜け歌うタイム・スリップの罠だったのだ。
投げキッスをしてステージを去る拓郎の後姿は、プロセニアム・アーチの外側を翻弄した自信としたたかさにあふれてみえた。
'90年に向かいアーチの向こう側に立つ拓郎は、"超時代"を宣戦布告したのだ。 

N6

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